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第22話

このところの青山遥は、地獄のような日々を送っていた。

食事も満足に与えられず、眠ることすら許されない。


かつて夏目汐里に浴びせた仕打ちは、すべて何倍にもなって自分に返ってきた。

地下室の隅で身をすくませ、震える青山遥のもとに、光が差し込む。


扉が開かれたのだと気づくのに、しばし時間がかかった。


そして、そこに現れたのは――清原介人。

その姿を目にした途端、彼女は何かに取り憑かれたように這い寄り、男の足にすがりついた。


「介人……ごめんなさい! 本当に悪かったの、だから許して……!

お願い、もうあなたたちの邪魔はしない。汐里さんの前にも、二度と現れない。

私、遠くに行くから、だから、もう……見逃して……!」


涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、青山遥は懇願した。


だが――

清原介人は何も言わず、ただ彼女の顔をじっと見つめた。

その顔に、かつての“清純”や“美しさ”はなかった。

そこにあるのは、欲望と執着だけ。


こんな女のために、自分は――大切な人を、失ってしまったのだ。

怒りがふつふつと湧き上がる。


だが、寧々も、汐里も言っていた。

本質的な過ちは、自分自身にあるのだと。


青山遥は、ただ“利用した”だけ。


愚かなのは、それを許した自分なのだ。

深く息を吐いて気持ちを整えると、彼は手にしていた封筒を彼女の足元に落とした。


中身を目にした青山遥の瞳が、一瞬で見開かれる。

そこにあったのは――自分の“過去”だった。


国外での素行の悪さ。

中絶の記録。

複数の男性との関係。

すべてが暴かれていた。


「違うっ……違う違う違う! これ、私じゃない! 介人、信じて……これは合成よ、誰かが仕組んだの!」


彼女は狼狽し、顔を両手で覆いながら叫んだ。


「夏目汐里ね、あの女が私を陥れようとして……そうよ、全部あの女がやったのよ!」

まるで狂人のように喚き散らす青山遥。


「私はそんなことしてない! 私はちゃんと海外の名門大学に通って、良い仕事をして、素敵な恋人がいたのよ!こんな人生、私のじゃない……こんなはずじゃなかったのに!」

叫びは、次第にすすり泣きへと変わっていく。


最初こそ、海外での生活は楽しかった。

持ち前の容姿で男を手玉に取り、金も地位も思うままだった。


だが、やがて誰もが去っていき、学位も得られず、仕事も見つからず――

最後には、自分の身体を差し出すしかなかった。


そんな生活が破綻した先に、彼女が帰る場所はただ一つ、清原介人の元だけだった。

――けれど今、その“最後の砦”すら、崩れようとしている。


彼女はなおも土下座し、頭を打ちつけて謝罪を続けた。

介人は何も言わず、その姿を冷ややかに見下ろしていた。


やがて、彼女が力尽き、声を失った頃。

ようやく、彼は口を開いた。


「……出てけ」

その一言に、青山遥の肩が震える。


「……え?」

「出ていけ、青山遥。

今日限りで、俺たちは何の関係もない。

確かに昔は、お前を愛していた時期もあった。

でも……もう、その気持ちはとっくになくなった。

今、俺の心にいるのは、別の人間だ」


その言葉に、彼女は笑えばいいのか、泣けばいいのか分からなかった。

それとも、自分がどこへ向かえばいいのか――それすら分からなかった。


扉は開かれている。

もう、誰も彼女を縛る者はいない。


だが、自由になったその瞬間――

青山遥は、未来という名の“恐怖”に震えた。


長い時間をかけて、ようやく、彼女はよろよろと立ち上がる。

ふらつく足取りで、扉の外へ――闇の向こうへと姿を消した。


それから、誰も彼女の行方を知らない。

誰も、気に留める者もいなかった。


一方その頃、十分な休息をとった清原介人は、会社の経営に再び戻っていた。

経営権の返上に安堵した清原寧々は、小さく息を吐いた。


――もともと、彼女の夢は家業を継ぐことではなかったのだから。

彼女には、彼女自身の人生がある。




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