猫神様の所有物件、神の島。
紺碧の海にポツンと浮かぶその島では、千年を軽く超える樹齢の木々が森を形成していた。
その森の中心にあるひときわ大きな樹には、瑞々しい緑の葉と艷やかな赤い実がついている。
傘のように広がる枝は、地面につきそうなところまで伸びていた。
「この木の実には持続回復効果が、葉には状態異常解除効果あるのじゃ。幾つか摘んで異空間倉庫に保管しておくがよい」
そう言って、猫神様が目の前に垂れ下がる枝を片手(前足)で指し示す。
俺は大粒サクランボに似た果実を摘んで枝からはずし、10個ほど異空間倉庫に入れた。
艶々した赤い宝石みたいな見た目も甘酸っぱい香りも、贈答用にされる高級サクランボそっくりだ。
葉も10枚ほど摘んで保管した。
丸みを帯びたハートの形をしている葉は、レモングラスに似た爽やかな柑橘系の香りがする。
「味見してもいい?」
「構わぬよ。寧ろ果実は毎朝1粒食すがよい。そなたが愛用しておるスタミナドリンクよりも効果があり、身体にも良いぞ」
サクランボみたいな実が美味そうなので味見を希望したら、毎朝食べろという。
スタミナドリンクより効いて身体に良いなら食べないテはない。
早速1粒口に放り込んで咀嚼すると、糖度の高いサクランボを思わせる濃厚な甘さと程よい酸味が口の中に広がる。
「これ美味い~! 種が無くて食べやすいのも良いね」
汁気が多い果実が喉を通って胃の中へ落ちた直後、腹から全身に温かい力が広がるのを感じた。
ふと左手を見れば、仕事中にカッターが掠って切ってしまった指先の傷が消えている。
「治癒効果凄いな。これ、なんていう木?」
「特に名前はつけておらんのう。この世界の民たちは【世界樹】などと呼んでおるようだが」
「え?! 世界樹?!」
聞いてみたら、返ってきたのはファンタジーでお馴染みの偉大な樹木の呼び名。
うん、確かにそれっぽい。
神の島にある、生命の源かな?
「人間たちが勝手に崇拝しておるようじゃ。たまに勇者が果実や葉を求めて来るのう」
大樹を見上げる巨大フサフサ茶トラ猫の瞳は、広がる葉と同じ緑色。
猫神様が許可しないと入れないこの島は、本来は選ばれし勇者しか入れなかったりするのだろうか。
「もしかしてこの島、勇者だけが入れる場所?」
「そんな大層な場所ではないぞ。なんとなく創ってみた島でなければ、そなたに与えるわけがなかろう?」
……どうやら、勇者の聖地ではないらしい。
「それにこの木は再生力が高いゆえ、我の爪とぎにちょうどよいから植えただけじゃからの」
「爪とぎ……」
世界樹と呼ばれる神々しいオーラを放つ大樹。
その本来の使い道は、猫神様の爪とぎ板だった。