現実世界での翌日午後。
待ち合わせ時間5分前に、俺は映画館の前で待つ。
道の向こうから私服姿の御堂さんが歩いてくるのが見えてきた。
薄い灰色のマーメイドスカートに、水色のアシメオフショル。
ツヤツヤサラサラの長い黒髪を靡かせている御堂さんは、歩く姿も姿勢が良くて綺麗だ。
「もしかして待たせちゃった?」
「安心して下さい、今来たばかりです」
上品に微笑みながら聞く御堂さん。
職場では見かけないオシャレ姿にトキメキつつ、俺はシャキッとして答えた。
今来たばかりですなんて月並みな台詞だけど、嘘ではない。
但し、異空間トンネルの中から御堂さんが来る時刻を見て、それに合わせて来たけどね。
「助けてもらったお礼だから、今日は奢らせてね」
「そんな、大したことはしてないですよ」
「いいのいいの。それにもう買ってあるし」
御堂さんは茶色のショルダーバッグからスマホを取り出してニッコリ笑う。
画面をタップして見せてくれたのは、ネット購入したチケットの番号だった。
昨日話してもう買ってるなんて、行動早いなぁ。
「じゃ、入りましょう」
「はい」
御堂さんが映画館の出入り口に向かうので、俺はそれに続いた。
映画館の中は複数の部屋に分かれていて、話題の映画を上映する部屋には行列ができていた。
俺と御堂さんが観るのは話題作ではないので、すんなり中に入れて席もガラ空きだ。
売店で買った紅茶とクッキーを折り畳みテーブルに置いて、スクリーンに流される様々なCMを眺めつつノンビリ待つ。
「あ、店員さん蜂蜜入れ忘れてる……」
紅茶の紙コップに口を付けた後、御堂さんが言う。
俺も自分のを飲んでみると、確かに甘みがなかった。
「ここの紅茶、蜂蜜がウリなのに。貰ってくるわ」
「あ、待って下さい。蜂蜜なら持ってますよ」
「え?」
立ち上がりかける御堂さんを引き留めて、俺はウエストポーチに隠しながら異空間倉庫を小さく開き、保管していた世界樹の花蜜入り小瓶を取り出す。
蜜蜂の蜜じゃないから蜂蜜とは言えないけど。
これなら蜂蜜代わりに充分使えるだろう。
「はいこれ、紅茶に入れてみて下さい」
「あ、ありがとう。来栖くんてば、どうして蜂蜜なんて持ち歩いているの?」
「ここへ来る前に知り合いがくれたんですよ。ヨーグルト用に」
「あ、そういえばヨーグルトを作るって言ってたわね」
実際は知人ではなく妖精たちから貰ったんだけど。
さすがにそれを言うと頭おかしい人と思われそうなので、知人から貰ったことにしておこう。
「いい香り……もしかして、薔薇の蜜?」
「知人も養蜂家から貰ったらしいので分からないですが、そうかもしれないですね」
「これ凄く美味しい……紅茶が上品なローズティーみたいになったわ」
「気に入ってもらえて良かったです」
美味しさ倍増した紅茶を楽しみつつスクリーンを眺めていたら、CMが終わり映画本編が始まった。