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第25話:ドキュメンタリー映画


 それは、野良猫が増え過ぎた沖縄の島に関する映画だった。


 真夜中。

 公園に、段ボール箱に詰められた猫が棄てられる。

 箱を置く人間の顔は映されなかった。

 映像は箱のアップで、人間は手から腕までだけが見えている。

 箱を置いて走り去る飼い主と思われる人間の足が映された後、猫がヒョッコリ箱から顔を出す。

 それは仔猫ではなく、でっぷり太った成猫だった。


「ニャア! ニャア! ニャォウッ!」


 猫は箱から飛び出して、絶叫しながら辺りを見回す。

 その言葉を表すように、画面下部に字幕が映った。


『ここは何処? 御主人様、ボクを置いていかないで!』


 しかし無情にも、飼い主が乗っている車が走り去る。

 猫はひたすら絶叫しながら、夜の闇の中に残された。



 それはまるで俺と出会う前のルカのようで、共感する俺はこの時点でジワッと泣きそうになる。

 涙を必死で堪えていると、場面が切り替わった。



 海から昇る朝日が映る。

 朝焼けに染まる海は美しかった。


 公園の全景が映されて、そこがとても広い緑地公園であることが分かった。

 早朝の公園には、たくさんの猫たちが姿を現している。

 彼らは何かを待っているようだった。


 やがて公園内の車道に車が入ってきて、キャットフードの袋とプラスチックの小皿をたくさん入れたバケツを持つ人が降りてくる。

 その人の姿も顔は映されず、手元が映されるだけだった。


「ニャアッ」

「ウニャーン」


 一体何匹いるのか分からないくらい、猫の群れが押し寄せる。

 先を争うように迫る猫たちの前に、小皿に盛ったキャットフードが次々に置かれていく。


『あれ? 知らない子がいる』


 音声ではなく字幕で、そんな台詞が流れる。

 多分、餌やりをしている人の言葉だろう。


 映像は餌やり人の足元に群がる猫たちを飛び越えて、遥か後方にいる1匹の猫のアップに変わる。

 白っぽい毛並み、顔は歌舞伎役者の化粧のように茶色い毛が隈取になっている、でっぷり太った猫。


『お腹空いてるでしょ? おいで』


 再び、餌やり人の台詞が字幕で出る。

 猫は警戒していて近寄らず、公園の茂みの中へ姿を消した。



 月日の流れを表わすように、公園の猫たちと風景がスライドショーみたいに映される。

 その後にまた餌やりの様子が映り、そこにはあの棄てられた猫も映っていた。

 猫たちは腹を空かせていて、ガツガツとキャットフードを食べている。

 その後方にいる猫に、餌やり人が近付く足だけが映された。


 猫の前に、小型のケージとそこに入れられた小皿盛りのキャットフードが置かれる。

 少し躊躇した後、空腹に負けた猫はケージの中に入り込み、ガツガツと食べ始めた。

 ケージの扉が閉められ、情けない顔をした歌舞伎顔の猫の顔アップが映される。

 餌やり人にケージごと車へ積み込まれる映像に、TNRについての説明がテロップで流された。



【TNRとは】

 野良猫の繁殖を抑え、数を減らすことを目的とする活動。

 捕獲(Trap)、不妊手術(Neuter)、元の場所への返却(Return)の略。

 TNR活動の目的は、野良猫の数を減らし、地域住民とのトラブルを減らし、不幸な命を増やさないこと。


 TNR活動は、以下の3つを合わせたものである。

 ・Trap (トラップ):捕獲器などを使って野良猫を捕まえる。

 ・Neuter (ニューター):捕獲した野良猫に不妊手術(避妊・去勢)を行う。

 ・Return (リターン):手術後の野良猫を元の場所に戻す。


 手術済の猫は目印として耳先がV字型にカットされ、それが桜の花びらに似ていることから「さくらねこ」と呼ばれる。

 TNR活動は、野良猫の数を減らし、地域環境の改善に貢献するため、自治体や動物保護団体などによって積極的に行われている。



 また場面が変わり、公園で小皿に入ったキャットフードを貪る歌舞伎顔の猫が映された。

 その右耳は、V字型にカットされている。


 そこで終われば、そうかTNRってこんな感じなのか~だけで終わったかもしれない。

 俺の心を揺さぶったのは、その後の映像だ。



『カブキちゃん、どこへ行ったの?』


 場面が変わり、猫を探して呼びかける台詞が、字幕で映される。

 あちこちの茂みをかきわけて探す人々の手が映る。

 探されている歌舞伎顔の猫は、そこから離れた場所に隠れていた。


 人間を警戒して隠れているわけではない。

 猫は病気に罹っていたのだ。

 人々が隠れていた猫をようやく見つけた頃には、病気は既に手遅れとなっていた。



【FIP】

 猫伝染性腹膜炎(feline infectious peritonitis)。

『猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)』を原因とするネコの症状。人には感染しない。

 FIPVは猫の80%が感染していると言われているFeCVの変異型だが、現在の抗体検査、遺伝子検査の精度では区別ができない。

 腹痛によって猫は餌も水も口にできなくなり、短期間で死に至る。

 早期発見と治療薬の投与が重要であり、野良猫などの場合は手遅れで命を落とすことが多い。



 棄てられた猫は、1年も生きられなかったんだ。

 1年どころか、わずか2ヶ月での病死であったとテロップが流されていた。



 もしも、ルカが俺と出会わなかったら。

 もしも、神様がペット可物件をくれなかったら。

 ルカたちは今頃死んでいたかもしれないって考えたら、もう堪え切れなくて。

 俺は溢れる涙を拭う余裕もなく、スクリーンを見つめていた。



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