御堂さんに差し入れを届けて、お茶とお菓子を御馳走になった後。
そろそろ帰ろうと立ち上がりかけたら、今まで専用クッションの上で寝そべっていたムスタが、小走りに近寄ってきて膝の上にピョーンと飛び乗った。
「ムスタってば、来栖くんが気に入ったみたい」
「人懐っこい子ですね」
御堂さんが微笑んで言う。
俺は膝の上でお腹見せて尻尾を振っている黒くて小さなフサフサ犬を、存分にモフらせてもらった。
「本来は人見知りなのよ。来栖くんにはすぐ懐いたけど」
「そういえば前にここへ来たときに店長が『珍しい』とか言ってましたね」
話していると、ムスタは自分のことだと分かるのか、仰向けになったまま首をちょっと傾げてキュルルンとした黒い瞳で見上げてくる。
なんという癒し。
お腹を撫でてあげると、もっと撫でろと言うように膝の上で身体をクネクネさせる。
「ムスタは多頭崩壊現場で生まれた子で、元の飼い主がネグレクト気味だったから人に対する社会化はあまりできていないの」
「そっか、苦労したんだなぁ。ここで幸せになれて良かったね」
「クゥン」
多頭崩壊現場というと、思い浮かぶのはゴミ屋敷みたいな家の中に溢れかえる犬または猫のイメージだ。
ネグレクトといえば、食べ物や水を満足に貰えず痩せ細るイメージが浮かぶ。
そんなところに生まれた小さな仔犬が、共食いされずに生き延びたのは奇跡に思える。
生き残れて良かったねと思いつつ頬を撫でてあげたら、ムスタは返事するみたいに鼻を鳴らした。
そうしてムスタに甘えられて滞在時間が長引いた後、俺は御堂さんの家を出た。
◇◆◇◆◇
「「「く~る~すぅぅぅ~」」」
「うわっ、なに?!」
ちょうどいい時間になったので、御堂さん宅からそのまま仕事へ向かったら、恨めしそうな顔したバイト君たちに迫られた。
自称【御堂さんを愛でる会】メンバー3人、佐藤・鈴木・田中。
この3人が恨めしそうな顔をするとしたら、御堂さん絡みだろう。
「御堂さんの家に行ったんだって~?」
「「いいなぁぁぁ~」」
佐藤の言葉の後に、ハモる鈴木と田中。
なんで知ってるんだろう?! と内心焦りつつ苦笑する俺。
しかし、彼等が言っているのは今日のことではなかった。
「なんでお前ばっかり、御堂さんをお姫様抱っこできるんだぁ~」
「た……たまたまそうなっただけだよ」
彼等が羨ましがっているのは、御堂さんが倒れたときのことだった。
あのとき、近くにいたのは俺だけだったし。
店長が御堂さんを運ぶように指示したのは、最近の俺が重い物でも平然と持ち運ぶのを見ていたからだろう。
「「「いいなぁぁぁ~」」」
「そんなに羨ましかったら、筋トレでもして腕力を鍛えときなさい」
ハモる3人に、ちょうど通りかかった店長が苦笑しながら言う。
途中からでもなんのことか分かるあたり、3人の御堂さんへの気持ちは店長にバレバレなんだろう。
「よ~し鍛えるぞ」
「店長、次はこの鈴木にお任せ下さい」
「いやいや、次はこの田中にお任せを」
単純な3人はやる気満々だ。
しかし御堂さんには貧血改善食品を渡したから、もう倒れることは無いかもしれないよ?