「イリの神は転生しておるが、成猫となっても未だ目覚めぬ故、この島に帰っておらぬのじゃ」
【過去見の水鏡】から離れて祠の出口へと歩き出しながら、ユガフ様は言う。
転生した神々は、普通の猫として生まれ育ち、成猫になると覚醒するらしい。
「役目は我が代行しておるから問題は無いのじゃが、民たちは不安になってきておるようでな」
「それで安心させるために、俺をイリの神に仕立てて、帰ってきたと思わせるってこと?」
「そういうことじゃ」
異世界の神々が住まうアケト・マヌ。
俺はイリの神が帰ってくるまで、影武者をすればいいらしい。
ユガフ様の力で銀猫に変わった俺は、少なくとも見た目はイリの神そっくりだ。
「聖夜が謁見の流れを学ぶ間、この島は時の流れから隔離しておこう。しっかり覚えるのじゃぞ」
祠から出たユガフ様は、モフモフした茶トラの手(前足)を空に向ける。
青く澄み渡る空が、瞬時に星々が瞬く夜空に変わった。
猫の爪のように細い月が、微かな銀の光を放っている。
プラネタリウムか田舎でしか見られないような数の星々が見える。
夜空を満たす星々は、俺が知らない星座を構成していた。
「月よ、主の住処を示せ」
ユガフ様が命じると、細い月から白い祠に向かって銀の光が降りてきて、一筋の光の柱になる。
祠の周囲を、キラキラした銀色の粒子が舞う。
幻想的な風景に、俺はしばらく見惚れていた。
ユガフ様は祠の入口前に歩み出ると、祠に背を向けて座る。
白い燐光が、大きな長毛茶トラ猫を包んだ。
(普段は喋る巨大猫って感じだけど、やっぱり神様なんだなぁ……)
ユガフ様と向かい合ってオスワリしながら、俺はそんなことを思う。
光に包まれた創造神は、普段よりもずっと神々しい。
穏やかな緑色の双眸は、神秘と慈愛を感じさせる。
「新たなるイリの神よ、力を受け取るがよい」
ユガフ様が片手の先をこちらへ向けると、ピンポン玉くらいの白い光の玉が放たれて、俺の額に吸い込まれた。
額から全身へと温かい力が広がった後、俺の銀色の毛並みが微かな光を放ち始める。
「これで聖夜はイリの神と同じ力が使える筈じゃ。あとは使い方を覚えることじゃな」
「見た目だけ変えるんじゃなかったのか……」
目を細めて笑いながら、ユガフ様が言う。
謁見の作法だけ覚えればいいかと思ってたら、違った。
「せっかくちょうどいい代わりを見つけたのに、謁見だけで終わらせる筈がなかろう?」
「え?!」
「今後はそなたにイリの神の役目を代行してもらおう」
「マジっすか……」
ユガフ様が、わるい顔(神様なのに)して言う。
どうやら俺は期間限定神様にされちゃったらしい。
こうして、創造神ユガフ様によるイリの神の役割講習が始まった。