目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第50話:双子の願い

 ユガフ様が隔離した時は戻り、イリの神(代理)となった俺の初めての謁見が始まった。

 人々が西島に上陸したのは、太陽が沈む頃。

 夕日に照らされる彼等の髪は、猫の毛色のように様々な色をしていた。


 双子星の精霊たちが見守るのは、銀灰色の髪の少年と、金茶色の髪の少女。

 彼等は神官と思われる法服を着た大人たちに囲まれながら、緊張した面持ちで祠まで歩いてくる。

 黄昏の空の下、祠の前の広場で、人々は一斉に跪いた。


「イリの神様に、御挨拶申し上げます」


 オレンジ色の法服を着た神官たちを背後に控えさせ、黒い法服を着た初老の男が、恭しく頭を下げる。

 後ろに並ぶ人々が、それに続いて頭を下げた。


「創造主様よりイリの神様がお戻りになられたとの神託を頂き、我ら一同歓喜しております」


 人々から、本気で喜んでいる気持ちが伝わってくる。

 彼等がイリの神を慕う心は、代理であるにも関わらず、俺の中の【力】に活力を与えてくれる。

 ライオンサイズのフサフサ銀猫に姿を変えられた俺は、祠を背にオスワリ体勢で人々の話を聞いていた。


「随分と待たせてしまったようだ。君たちが何を望むのか、話してみなさい」


 過去見の水鏡で見た先代のイリの神の口調を真似て、俺は人々に言う。

 彼等の用件は、もう分かっている。

 それは敢えて言わず、俺は静かに座して人々の言葉を聞き、星の精霊たちの情報と合わせて、最善の答えを導き出そうとしていた。


「こちらの少年リオンが、勇者の力に目覚めました。イリの神様、彼に祝福を授けて頂けませんか?」

「「お願いします」」


 代表して望みを伝えるのは、黒い布地に銀の刺繍が入った法服を纏う神官。

 彼は、新たな勇者が見つかった際にイリの島を訪れるという、聖王国の大使だ。

 少年はこの場に1人しかいないから、大使のすぐ後ろで跪く銀灰色の髪の子がリオンだろう。


 人々は、新たな勇者に神の祝福を望んでいる。

 けれど俺は、もうひとつの強い願いを知っていた。


 勇者となった少年は、生まれた村を出て聖王国に仕えることが決まっている。

 双子の少女は普通の子供なので、村に残ることになる。

 離れ離れになる兄妹が、互いを案じていることは、星の精霊たちから聞いていた。


『僕が村を出ても、妹が寂しい思いをしませんように』

『どうか私に、兄と共に行き、支えられる力をお与え下さい』


 少年と少女の、本当の願い。

 双子は、とても仲が良かった。


 夕焼けが終わった空に、細い銀の月と、無数の星々が輝き始める。

 辺りが暗くなると共に燐光を放つ銀猫となった俺は、人々の願いだけでなく、双子の願いも叶えてあげようと思った。


「承知した。リオンよ、こちらへ来なさい」


 俺の言葉に、人々が感謝の意を込めて深々と頭を下げる。

 呼ばれた少年リオンだけが立ち上がり、こちらまで歩いてくると俺の前で跪く。


「新たな勇者に、祝福を授けよう」


 俺はユガフ様が力を授けるときみたいに、リオンの脳天にモフモフの片手(前足)を置いた。

 強い生命の力が、リオンの頭から全身に広がっていく。

 イリの神が勇者に与えるのは、その能力を大幅に引き上げる身体強化の力だ。


「ありがとうございます」


 俺が手を離すと、リオンは跪いたまま頭を下げる。

 少年に微笑みかけた後、俺は大使の後ろで跪いている少女に目を向けた。


「それから、リオンの妹エレネ、こちらへ来なさい」

「?!」


 少女が驚いたのは、名乗っていないのに俺が名前を知っていたからというよりは、まさか声をかけられるとは思ってもみなかったからだろう。

 困惑した顔で歩み寄ってきたエレネは、リオンの隣に跪いた。


「エレネよ、君に聖女の力を授けよう」

「えぇっ?!」


 俺が言うと、エレネは目を真ん丸にして驚いている。

 よく見れば、スカートの尻尾穴から伸びる金茶色の尻尾がブワッと膨らんでいた。

 ついでに、隣にいるリオンの銀灰色の尻尾も膨らんでいる。

 猫と同じで、この世界の人々は驚くと尻尾が膨らむらしい。


 俺はリオンの時と同じように、エレネの脳天にモフモフの片手を置く。

 穏やかで暖かな力が、エレネの頭から全身に広がった。


「聖女の力は癒しと支援の力、リオンと共にゆけば支えとなれるだろう」

「……ありがとうございます!」


 俺は手を離すと、エレネに微笑みを向ける。

 エレネは驚きから嬉し泣きへと表情を変えて、少し声を詰まらせながら言うと微笑んだ。


「神官たちよ、エレネは聖女となった。リオンと共に行かせてやりなさい」

「畏まりました!」


 続いて俺が神官たちに命じると、大使が代表して答える。

 これで双子は引き裂かれることはないだろう。


 祠を離れて港に停泊する帆船に向かって歩きながら、双子は何度もこちらを振り返り頭を下げていた。

 俺は代理だけど、あの子たちにとっては神様らしく見えたかもしれない。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?