ユガフ様が隔離した時は戻り、イリの神(代理)となった俺の初めての謁見が始まった。
人々が西島に上陸したのは、太陽が沈む頃。
夕日に照らされる彼等の髪は、猫の毛色のように様々な色をしていた。
双子星の精霊たちが見守るのは、銀灰色の髪の少年と、金茶色の髪の少女。
彼等は神官と思われる法服を着た大人たちに囲まれながら、緊張した面持ちで祠まで歩いてくる。
黄昏の空の下、祠の前の広場で、人々は一斉に跪いた。
「イリの神様に、御挨拶申し上げます」
オレンジ色の法服を着た神官たちを背後に控えさせ、黒い法服を着た初老の男が、恭しく頭を下げる。
後ろに並ぶ人々が、それに続いて頭を下げた。
「創造主様よりイリの神様がお戻りになられたとの神託を頂き、我ら一同歓喜しております」
人々から、本気で喜んでいる気持ちが伝わってくる。
彼等がイリの神を慕う心は、代理であるにも関わらず、俺の中の【力】に活力を与えてくれる。
ライオンサイズのフサフサ銀猫に姿を変えられた俺は、祠を背にオスワリ体勢で人々の話を聞いていた。
「随分と待たせてしまったようだ。君たちが何を望むのか、話してみなさい」
過去見の水鏡で見た先代のイリの神の口調を真似て、俺は人々に言う。
彼等の用件は、もう分かっている。
それは敢えて言わず、俺は静かに座して人々の言葉を聞き、星の精霊たちの情報と合わせて、最善の答えを導き出そうとしていた。
「こちらの少年リオンが、勇者の力に目覚めました。イリの神様、彼に祝福を授けて頂けませんか?」
「「お願いします」」
代表して望みを伝えるのは、黒い布地に銀の刺繍が入った法服を纏う神官。
彼は、新たな勇者が見つかった際にイリの島を訪れるという、聖王国の大使だ。
少年はこの場に1人しかいないから、大使のすぐ後ろで跪く銀灰色の髪の子がリオンだろう。
人々は、新たな勇者に神の祝福を望んでいる。
けれど俺は、もうひとつの強い願いを知っていた。
勇者となった少年は、生まれた村を出て聖王国に仕えることが決まっている。
双子の少女は普通の子供なので、村に残ることになる。
離れ離れになる兄妹が、互いを案じていることは、星の精霊たちから聞いていた。
『僕が村を出ても、妹が寂しい思いをしませんように』
『どうか私に、兄と共に行き、支えられる力をお与え下さい』
少年と少女の、本当の願い。
双子は、とても仲が良かった。
夕焼けが終わった空に、細い銀の月と、無数の星々が輝き始める。
辺りが暗くなると共に燐光を放つ銀猫となった俺は、人々の願いだけでなく、双子の願いも叶えてあげようと思った。
「承知した。リオンよ、こちらへ来なさい」
俺の言葉に、人々が感謝の意を込めて深々と頭を下げる。
呼ばれた少年リオンだけが立ち上がり、こちらまで歩いてくると俺の前で跪く。
「新たな勇者に、祝福を授けよう」
俺はユガフ様が力を授けるときみたいに、リオンの脳天にモフモフの片手(前足)を置いた。
強い生命の力が、リオンの頭から全身に広がっていく。
イリの神が勇者に与えるのは、その能力を大幅に引き上げる身体強化の力だ。
「ありがとうございます」
俺が手を離すと、リオンは跪いたまま頭を下げる。
少年に微笑みかけた後、俺は大使の後ろで跪いている少女に目を向けた。
「それから、リオンの妹エレネ、こちらへ来なさい」
「?!」
少女が驚いたのは、名乗っていないのに俺が名前を知っていたからというよりは、まさか声をかけられるとは思ってもみなかったからだろう。
困惑した顔で歩み寄ってきたエレネは、リオンの隣に跪いた。
「エレネよ、君に聖女の力を授けよう」
「えぇっ?!」
俺が言うと、エレネは目を真ん丸にして驚いている。
よく見れば、スカートの尻尾穴から伸びる金茶色の尻尾がブワッと膨らんでいた。
ついでに、隣にいるリオンの銀灰色の尻尾も膨らんでいる。
猫と同じで、この世界の人々は驚くと尻尾が膨らむらしい。
俺はリオンの時と同じように、エレネの脳天にモフモフの片手を置く。
穏やかで暖かな力が、エレネの頭から全身に広がった。
「聖女の力は癒しと支援の力、リオンと共にゆけば支えとなれるだろう」
「……ありがとうございます!」
俺は手を離すと、エレネに微笑みを向ける。
エレネは驚きから嬉し泣きへと表情を変えて、少し声を詰まらせながら言うと微笑んだ。
「神官たちよ、エレネは聖女となった。リオンと共に行かせてやりなさい」
「畏まりました!」
続いて俺が神官たちに命じると、大使が代表して答える。
これで双子は引き裂かれることはないだろう。
祠を離れて港に停泊する帆船に向かって歩きながら、双子は何度もこちらを振り返り頭を下げていた。
俺は代理だけど、あの子たちにとっては神様らしく見えたかもしれない。