現実世界、派遣バイト先のドラッグストア。
他のスタッフたちが帰った閉店後の真夜中、俺は御堂さんからノラオの捕獲作戦を聞いた。
「これがTNRの捕獲や搬送に使うケージよ」
御堂さんが俺に手渡すのは、金属製の箱型ケージ。
前後を内側へ倒し、左右を折り畳むと、かなりコンパクトになる。
底にはプラスチックのトレーが入っていて、ペットシーツを敷いて使うらしい。
「人懐っこい子なら手づかみでこの中に突っ込めるけど、ノラオは警戒心が強いから餌で誘導した方がいいわ」
御堂さんから説明を受けた後、俺はケージと餌と食器を持ってノラオがいる駐車場へ向かった。
何度か御堂さんに餌を貰ったことがあるノラオは、猫用オヤツの小袋を見た途端に駆け寄って来る。
御堂さんが餌やりするときは5メートル内には寄って来ないってことだったけど、俺には密着する距離まで迷わず近付いて来た。
「ウニャ~」
ノラオは俺の周囲をウロウロしながら、液状オヤツが入った小袋に熱い視線を送る。
俺はケージを地面に置いて、扉を開けた。
「ノラオ、TNRっていうのをしたいんだけど、ここに入ってくれる?」
「ウニャッ」
俺はノラオに話しかけた。
いつもルカに話しかけているから、言葉が通じるか通じないかとか考えずに。
ノラオは返事をするように鳴いた後、迷わずケージの中に入ってオスワリした。
「え、いいの? ありがとう。これはお礼だよ」
「ニャ~」
俺は食器代わりの小さい鉢底皿に液状オヤツを入れて、ノラオの前に置いてあげた。
ノラオは「いただきまーす」とでも言うように一声鳴いて、液状オヤツを美味しそうに舐め始める。
ケージの扉を閉めても全く気にしていない様子だ。
「じゃあ、しばらく窮屈だけど、我慢してくれよ」
「ウニャン」
俺はノラオが液状オヤツを完食した後、ケージを持ち上げながら話しかける。
また返事をするように一声鳴いて、ノラオは警戒心のカケラも無くケージの中で丸くなる。
全く抵抗する気配の無いノラオをお持ち帰りしたら、倉庫の窓から隠れて見ていた御堂さんが目を丸くして驚いていた。
「来栖くん凄い、ノラオがそんなにアッサリ捕まるなんて……」
「警戒心、無かったですね」
「私は毎日ゴハンあげてたのに~」
「あはは……まあとりあえず、これどうぞ」
なんかちょっと悔しそうに言う御堂さんに、俺は軽く苦笑しながらノラオ入りケージを手渡した。
ノラオは平然と丸まったまま目を細めている。
TNRのための一時保護は、手術の前日以前に捕獲してから、手術後の抗生剤の投与期間が終わるまでが基本だと御堂さんは言っていた。
ノラオの手術は昼間のうちに病院を予約していて、明日にできるらしい。
「じゃあ、連れて帰るね」
「はい」
御堂さんは空き段ボール箱で作ったカバーをケージに被せて、ノラオを車に積み込んだ。
ノラオは大人しくしている。
俺はノラオに話しかけてみた。
「ノラオ、いい子にしてるんだぞ」
「ニャーン」
「なんか会話が成立してるぅ~」
ノラオはまた返事をするように鳴く。
俺とノラオのやりとりを見て、御堂さんがちょっと悔しそうに言った。