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第55話:仔猫たちのやんのかポーズ


 異世界の自宅。

 手術を終えたルカを連れ帰ったら、仔猫たちの反応がなんか変。

 空間移動の時間調整のおかげで、仔猫たちにとってはルカと離れていた時間はそれほど長くはない。

 なのにまるで母を忘れてしまって警戒するかのように、ルカを見つめている。

 頭を低く、背中を丸く、足を踏ん張って、尻尾を膨らませて。

 ルカが近付くと四足歩行のつま先立ちみたいな姿勢のまま後退ったりする。

 今まで見たことのない反応に、俺は首を傾げた。


「君ら、なにしてるの?」

「【やんのかポーズ】じゃな。猫が怖いものを見たときにとる姿勢じゃ」


 謎の姿勢に俺がツッコミを入れたら、ユガフ様が説明してくれた。

 猫が警戒するときの独特の姿勢を、巷では「やんのかポーズ」というらしい。


「何故に? 今までこんなポーズしなかったのに」

「ルカから何かいつもと違うものを感じておるんじゃろう」


 俺が困惑していると、ユガフ様がソファから降りてルカに歩み寄った。

 ユガフ様は鼻先をルカの横腹に近付け、クンクンと匂いを嗅いで何かを確かめている。

 すぐに理由が分かったのか、ユガフ様はフムと呟くと、ルカから離れてソファの上に寝そべった。


「薬品の匂いじゃよ。腹についとる消毒薬の匂いじゃな」

「それでこんな反応するの?」

「初めて嗅ぐ匂いじゃろうし、いい匂いとはいえぬものじゃからな」

「そんなにビビらなくてもいいのに」


 仔猫たちは無言でやんのかポーズを続けている。

 ルカも無言で困惑したような顔になり、その場で固まっている。

 なんでどっちも無言なんだろう?

 なんともいえぬ母子の再会(?)を、俺は苦笑しつつ傍観した。


「まあそのうち匂いは消えて、チビどもも気にしなくなるじゃろう」


 ユガフ様の言う通り、ルカファミリーは翌日には元の仲良し母子に戻っていた。

 あの緊張感はなんだったのかと思うくらい、仔猫たちは豆台風と化して運動会を始める。

 普段は無邪気に駆け回る仔猫たちが、知らない匂いを嗅いだだけであんなに警戒するとは思わなかった。


「知らないものを怖がるのは、野生動物の本能が残っておるからじゃよ。野生では知らないものは警戒しておらねば危険なこともあるからのぅ」

「なるほど」


 野生なんて経験したことがない子たちだけど、本能は残っているのか。

 危険回避のためには、その本能は残っている方がいいだろうね。


 ルカの避妊手術は「全摘」と呼ばれる、卵巣と子宮を切除するものだった。

 発情の原因は卵巣にあるそうで、それが無くなったことでアッサリとルカの発情は鎮まった。

 お腹を切られた痛みは無いのだろうか?

 本猫はケロッとしていて、手術翌日には食欲旺盛、もりもりゴハンを食べている。

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