異世界、
無数の星々が煌めく夜空の下、ライオンサイズのフサフサ銀猫になった俺は、星の精霊たちから報告を受けている。
神様代理のアルバイト(?)に細かい指示は無い。
どの報告を聞くかは、俺の直感でいいらしい。
ノルマは無いが、夜が明けて星が見えなくなったら報告タイムは終了になる。
イリの神になってからの俺の生活サイクルは、昼間はノンビリ眠り、夕焼けが始まる頃に起きて西島へ空間移動し、星が出ている時間帯は銀猫になって西島で過ごしている。
現実世界は移動の際に時間調整ができるので、特に変わりなく週5日の派遣バイト続行だ。
星の精霊たちの報告とは、人々の願い。
イリの神(代理)である俺は、その全てを聞くわけではない。
「イリの神様、どの報告をお聞きになられますか?」
「星は全てを見ております」
星空から滲み出るように、煌めく羽をもつ小さな精霊たちが舞い降りてくる。
俺は尻尾を左右にフッサフッサ揺らしながら、ゆっくりと彼等を見回した。
夜空の星々の輝きが違うように、星の精霊たちが放つ光は様々だ。
それらを見回していた俺は、1体の精霊に視線を定めた。
その精霊は1体でありながら、2つの光を放っている。
赤色超巨星のように強く赤い光を放った後、白色矮星のように弱く白い光を放つ。
「君の報告を聞こう。君は何故、ひとりでふたつの光を持っているんだ?」
「イリの神様に御報告申し上げます。この光は胎内に子を宿した母親のものなのです」
その精霊は、どうやら妊娠中の女性を見てきたらしい。
やがて母となる女性は、何を願うのだろうか?
「なるほど。その母親は何を願っている?」
「お伝え致します。『私の命に代えても、この子を助けたい』です」
「?!」
聞いた途端に、俺は驚いて尻尾を膨らませた。
強く願うその人が、危機的な状況にあるのだと分かる。
「分かった。願い主のもとへ案内してくれ」
「畏まりました」
俺は立ち上がると、ユガフ様から教わった魔法を起動した。
銀猫の姿で人の前に現れたら驚かれてしまう。
かといって元の姿で行っても驚かれるだろう。
無属性魔法:
俺はこの世界では普通の姿、猫耳と尻尾をもつ獣人に変身した。
髪の色は猫耳や尻尾と同じ銀灰色、同じ色の瞳は猫のような瞳孔がある。
「こちらです」
星の精霊が開いた移動空間に飛び込むと、前方に荒れ果てた村が見えてきた。
大破した小さな家、あちこちに転がった瓦礫。
煙突から煙が出ている家もあるので、ついさっきまで村人が生活していたように思える。
しかし、血の跡はあるが人の姿は見えない。
何かの襲撃を受けて、村人は逃げ去ったのだろうか?
廃墟と化した村を見回した俺は、すぐにその原因を見つけた。
「グァオゥッ!」
「嫌ぁっ! 来ないで!」
木の板が叩き割られたような音がする。
木造の小さな家の壁に、爪の一撃で大きな穴を開けたのは、巨大な熊。
その大きさは、後足だけで立ち上がると1階建て民家の屋根よりも頭の位置が高くなるくらい。
日本にいるヒグマよりも桁違いにデカかった。
身体のあちこちに付着した赤い液体は返り血か?
大破した壁の内側で、隠れていた女性が必死で後退りながら泣き叫んだ。
「グルルル……」
「やめろ!」
巨熊が壁の穴をくぐって家の中に入ろうとする。
俺はそこらの瓦礫を拾い、熊の後頭部にぶつけてやった。
当然ながら熊はこちらに気付き、振り向いて俺を見た途端にニヤッと笑みを浮かべた。
こっちの世界の熊、笑うのか。
子供が見たら泣きそうなくらい怖い笑みだ。
現実世界なら「みんなのトラウマ」級の邪悪さを感じる。
だけど今はそんなのにビビッてる場合じゃない。
熊は新たな獲物が来たとでも思ったんだろう。
怯えている女性に背を向けると、こちらへ襲い掛かってきた。