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第57話:人食い熊とのバトル


 現実世界での記録に残る巨大熊は、先史時代の南アメリカに生息していたという「アルクトテリウム・アングスティデンス(Arctotherium angustidens)」。

 体重が約1.6トン、立ち上がったときの身長が3.5メートルほどの熊だったらしい、と化石研究記録に残されている。


「グァルルル……」


 唸り声と共にこちらへ突進してくる異世界の熊は、それに匹敵するサイズだ。

 しかしその大きさ故に、走る速度はクリムゾンボアよりもずっと遅い。

 俺はサッと横へ移動して突っ込んでくる奴を躱し、その首を爪つきナックルで切り裂いた。


「グァオォォォ!」


 周囲の空気をビリビリ震わせる叫び声を上げた熊の首から、吹き出したのは黒い血液。

 攻撃してすぐ跳んで離れた俺がそれを浴びることは無かったが、黒い血がコールタールのように熊の体表や地面に広がっていく。


「イリの神様、あれは邪神デュマリフィの眷属です」


 俺をここまで案内してきた星の精霊が言う。

 デュマリフィというのは元々この世界に居たものではなく、彗星と共に飛来する神だ。

【過去見の水鏡】の記録によれば、デュマリフィは5百年に一度の周期で現れて、世界に災厄をもたらすという。


「あの熊を倒さないと、同族間で眷属化が拡大してしまいます」


 星の精霊は、眷属化は同じ種族の間でウイルスのように広がるものだと言う。

 どちらにしろ村を壊滅させたアレを放置しておけないので、俺は巨熊を倒すことにした。


 俺、猫を飼うためだけに異世界転移した筈なんだが。

 猫拳を学んだり、凶暴な巨大生物を狩ったり、神の力を付与されたりしたおかげで、俺には熊の咆哮にも怯まない度胸がついていた。

 しかし、クリムゾンボアやオラオラ鳥よりも巨大で防御力の高い熊は、回避からの一撃では仕留められなかった。


 じゃあどうするか?

 そんなの決まってる。

 敵が斃れるまで攻撃あるのみ!


「グァオッ!」


 巨大熊が再び襲ってくる。

 知能はあまり高くないのか、直線的な攻撃だ。

 しかしパワーは凄い。

 俺が躱した直後、大木に突っ込んだ熊は、太い幹を粉砕してしまった。

 木の幹が粉々になるなんて、初めて見たよ。

 大木の上半分が、だるま落としみたいに真下に落下した後、地響きをたてて倒れた。


 熊は周囲を見回して、攻撃目標を探している。

 その隙に、俺は身体強化魔法を起動した。


 無属性魔法:攻撃力増加、攻撃速度上昇


 強化が終わるのと、熊が俺を見つけるのは、ほぼ同時だった。

 俺がいるのは、熊の背後。

 振り返った熊は、丸太のように太い前足を振り上げた。


「グァオゥッ!」


 振り下ろされた熊爪が、地面を大きく抉る。

 土の塊や小石や草が、宙を舞う。

 それらの動きが、俺にはスローモーションのようにゆっくりした動きに見えた。


「?!」

「食らえ!」


 再び攻撃目標を見失った熊がギョッとする。

 そのときには、俺は敵を捉えていた。


 猫拳奥義:流星百裂斬


 百の流星の如く、爪つきナックルの連撃が巨熊を切り裂く。

 日頃の鍛錬に加えて、身体強化魔法と神の力があればこそ出せる技だ。

 巨大な熊は肉片と化した後、蒸発するように消えた。


「イリの神様、邪神の眷属は消滅しました」


 周囲を探るように飛び回った後、星の精霊が言う。

 俺も確認するため周囲を見回すと、熊は肉片も残らず消え去り、地面を汚していた黒い血も消えていた。


「願い主は?!」

「生きてます!」


 俺は女性の安否を確認するため、壁に大穴が開いた家屋に目を向ける。

 女性は床に倒れて目を閉じている。

 星の精霊がそちらへスッ飛んで行き、女性の顔を覗き込んで状態を確認すると告げた。

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