夜を司るイリの神が奥義を使うと、星の精霊たちが生まれるらしい。
巨大熊が消滅した後、俺の周囲の空中に小さな光の玉が幾つも現れて、シャボン玉のようにパチンとはじけると子供の姿をした精霊たちに変わった。
数えてはいないけど、100くらいいるかもしれない。
「イリの神様、何かお手伝いすることはありませんか?」
「村人たちがいないか探してくれ」
「分かりました」
生まれたばかりの精霊たちに問われて、俺は村人捜索の指示を出した。
この村に来て、まだ1人しか住民を見かけていない。
あちこちに血痕はあるが、見まわした範囲に倒れている人は1人だけだ。
とりあえず、今のところ唯一の村人は保護しておいた方がいいかも。
俺は熊がブチ破った壁の大穴から室内へ飛び込み、倒れている女性に駆け寄った。
女性はうつ伏せに倒れた状態で、目を閉じてピクリとも動かない。
「熊が家から離れた後、緊張の糸が切れたみたいに意識を失ってました」
「そうか。頭を打ったわけではない?」
「身体の力が抜けて倒れてしまいましたが、頭はぶつけていないです」
「じゃあ、動かしても大丈夫だね」
ホッとしつつ女性を抱き起した俺は、仰向けにした女性の顔を見て、あることに気付いた。
グッタリとして動かない女性はまだ若い獣人で、色白の綺麗な人だ。
女性の顔や手足など、目視できる範囲に傷は無い。
それは良いとして、女性は俺がよく知る人にそっくりだった。
(……御堂さん?! ……じゃないな。世の中には似た人が三人いるっていうアレか?!)
憧れの人のソックリさん登場に驚く俺を見て、側にいた星の精霊がキョトンと首を傾げる。
色素が薄い肌も、柔らかい栗色の髪も、長い睫毛も、彫りの深い顔立ちも。
現実世界で貧血を起こして倒れたときの御堂さんに瓜二つだ。
違いは栗色の猫耳と尻尾がついていることくらいだろうか。
「どうしましたか?」
「あ、いやなんでもない……」
怪訝な顔をした精霊に問われて、俺はハッとして答えた。
御堂さんがこんなところにいる筈はないから、他人の空似なのは間違いない。
床に倒れたままにしておくのはよくないと思い、俺は女性を抱き上げて、室内のソファに寝かせた。
ソファの背もたれにかかっていたブランケットを取って女性の身体にかけていると、村を見回っていた新米精霊たちが戻ってきた。
「御報告申し上げます」
「村の中には、その女の人しかいません」
「血はいっぱい落ちているのに、怪我をしている人も死んでいる人もいません」
「そうか。村人はどこへ行ったんだろう?」
村中を見回ってきた精霊たちが言う。
村人たちは熊が襲ってきたことに気付き、慌てて村から逃げ出したんだろうか?
その答えは、意外な相手が教えてくれた。
「それは、みんな熊の腹の中に詰め込まれたからだな」
「えっ?!」
突然の声と共に、背後に神気を感じる。
振り返った先には、黒髪、黒耳、黒尻尾の青年が立っていた。
こちらを見詰める澄んだ瞳は、森の緑色。
獣人の姿をしているけれど、俺には彼が誰かすぐに分かった。
「……ニシ、どうしてここに?」
この世界の生き物がその生を終えるとき、海の向こうの楽園へ運ぶ役割をもつニシの神だ。
本来の姿は短毛の黒猫だけど、今は獣人に姿を変えている。
「この村で、多くの命が失われたから。彷徨える霊たちを迎えに来たんだよ」
黒猫系の獣人に姿を変えたニシの神は、大穴が空いた壁から外へ出ると、その神力を発動させた。
緑の燐光が、村のあちこちから湧き出てくる。
それは蛍のように空中をフワリと舞って、黒髪の青年の周囲へと集う。
「命を終えたものたちよ、安らかに。いずれ生まれるそのときまで、楽園で眠りなさい」
ニシの神は、集った霊たちに優しく語り掛ける。
霊たちはそれを理解したのか、蛍の群舞の如く夜空に舞い上がり、海へと向かって去っていった。
「ごめんね。俺がもっと早くここへ来ていれば、みんなを助けられたのに」
「神とて万能ではないから、仕方ないよ」
緑の光粒となって飛び去っていく霊たちを見送りながら、俺は詫びた。
熊がこの村を襲っていることにもっと早く気付いていればと悔やんでいると、ニシの神が穏やかな声で言う。
俺が神様代理であることは、勿論ニシも知っている。
本物のイリの神ならもっと多くを救えたかもしれないと思ったけれど、神は完璧ではないのだとニシは言う。
「彼等は楽園で眠り、また生まれてくる。失われた命を嘆くよりも、生まれてくる命を護る方が大切だよ」
数えきれないほど命の終わりを見つめてきた神の言葉が、心に染みた。