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第59話:命の始まり


 遺体を残さずに村民が死に絶えてしまった村。

 唯一の生き残りとなってしまった女性の胎内には、新たな命が宿っている。


「イリ、その女性を南島へ運ぼう。この村の状態では子育ては無理そうだ」

「そうだね」


 死者の霊魂を楽園へ送り出した後、ニシの神が言う。

 俺はソファに寝かせていた女性を抱き上げた。

 南島には、生まれてくる生命に加護を与える神パイがいる。

 誰もいなくなった廃墟のような村にいるよりも、生命の神の側にいる方がメンタル的にもいいだろうね。


 空間移動で訪れた南島の祠は、白い石造りの建物に絡みつく蔦からたくさんの花が咲いていて、白と緑と薄紅色に彩られた美しい建物だった。

 優しく甘い花の香りが漂う南島は、新婚の夫婦がまだ見ぬ我が子の健康祈願に訪れる島として知られている。


「イリとニシが一緒に来るなんて珍しいねぇ」


 中庭に現れた俺たちに気付いて、祠の中から出てきた白猫が声をかけてくる。

 生命の神パイは、南国の海と同じ明るい青色の瞳で、俺が抱えてきた女性を見つめる。

 直後、今までグッタリしていた女性が微かに呻いて、うっすらと目を開けた。

 まだボンヤリしている瞳は、御堂さんと同じ紅茶色だ。


「パイ、頼み事をしてもいいかな?」

「いいわよ。中に連れて来て」


 ニシが話をするまでもなく、パイは理解したらしい。

 祠の中へと戻るパイの後に、ニシが続く。

 その後に女性を抱えた俺が続こうとしたとき、意識が戻った女性が想定外の反応をした。


「セーヤ!」

「えっ?!」


 横抱きにしていた女性が、上半身を起こして抱きついてくる。

 その声も御堂さんソックリだ。

 名前を呼ばれた俺は、びっくりして立ち止まった。

 先に祠の中へ入ったパイとニシが、不思議そうに振り返る。


「帰ってきたのね! 良かった……」


 御堂さんソックリの獣人女性が俺の顔を見上げると、栗色の両耳をフニャリと倒して涙目になった。

 多分、獣人に変身している俺を誰かと間違えているんだろう。


「……あの……俺は……」

「い、痛っ!」


 人違いだと俺が言いかけた途端、女性は顔をしかめて腹部を手で押さえる。

 彼女が苦しみ出したので、会話どころではなくなった。


「生まれるよ!」

「えぇっ?!」

「早くこっちへ!」

「わ、分かった!」


 白猫パイがスッ飛んで来て、急かすように俺の服の裾を咥えて引っ張る。

 困惑しつつも、俺は苦しむ女性を抱えたまま祠の中へ駆け込んだ。

 祠の奥へ進むと、パイは慣れた様子で製造魔法を使い、床石を盛り上がらせてシンプルなデザインのベッドを作り上げる。

 続けて異空間倉庫からシーツを取り出して、石のベッドを覆った。


「ニシ、お湯を用意して!」

「お、おう」


 テキパキと指示を出すパイは、まるで産婆さんのようだ。

 出産に関しては完全に素人のニシが、少々戸惑いつつも製造魔法で石の桶を作る。

 ニシは火と水の複合魔法でお湯を作り出し、桶を満たした。


「じゃ、男どもは外に出て」

「嫌、行かないでセーヤ!」


 出産の準備が整うと、パイはニシと俺に祠から出るよう指示する。

 女性をベッドに寝かせて離れようとした俺は、慌てて起き上がる女性にしがみつかれてしまった。


「お願い、傍にいて……」


 御堂さんと同じ顔で、俺を見上げながら目をウルウルさせて懇願するのはやめてくれ~。

 ニシ、なんか苦笑しながら軽く溜息ついて自分だけ外へ行かないでくれ~。


「……あの、俺は……」

「いいからそのまま励ましときなっ」


 人違いって言いかけたら、今は言うなって感じでパイに後頭部を叩かれた。

 やむなく俺は、出会ったばかりの女性の手を握って話しかける。


「大丈夫、傍にいるから。頑張って」

「うん」


 額に脂汗を滲ませながら、女性が微笑む。

 ベッドの上で仰向けになった女性の身体に、パイが清潔なシーツを被せて隠す。


 お産に立ち会うのは初めてなので、基準は分からないけれど。

 安産だったのかな?

 女性が何度かいきんだ後、産声が聞こえた。


「頑張ったね、おめでとう。元気な男の子だよ」


 羊水を産湯で洗い流した後、パイがニッコリ微笑んで母親となった女性に赤ちゃんを抱かせる。

 嬉しそうに微笑んで赤ちゃんを抱く女性が、傍らに立つ俺に目を向けた。


「セーヤ、あなたの子よ。抱っこしてあげて。腕で頭を支えるようにしてね」

「……お、俺は……」

「ほーらパパ! いいから抱っこしてあげなっ」


 女性に赤ん坊を差し出された俺が言いかけるのを、パイがまた後頭部をバシッと叩いて止める。

 結婚どころか彼女もいないのに、父親役を演じることになるとは……。

 人違いとは言えない雰囲気の中、俺は生まれたばかりの赤ん坊を横抱きにして見つめた。


 赤ん坊の髪と猫耳と尻尾は、獣人姿の俺と同じ銀灰色だ。

 顔つきは御堂さん……もとい、獣人の女性に似ている。

 何も知らない人が見たら、俺と女性の子供だと思うかもしれない。


 っていうか、本物の父親はどうしたんだろう?

 どこかへ出かけているみたいだけど。

 帰ってきたら村が壊滅してるなんて、精神的ショックが大き過ぎるよな……。

 妻子は無事だと知らせて、早く再会させなきゃね。

 自宅に置手紙しておこう。


「ちょっと食べ物を取ってくるよ。ここで休んでて」

「うん。早く帰ってきてね」


 俺は食べ物を取りに行くふりをして、南島から空間移動した。 

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