「お、来た来た。クルス、中に入ってきて」
セーヤを迎えに行くため、異空間トンネルをギルドハウスの前に繋げて移動してみると、セーヤが建物の窓から顔を出して手招きする。
なんだろう? と思いつつ、俺はギルドハウスの中に入った。
ログハウスみたいな建物の中は案外広くて、30~40人くらい余裕で入れそう。
壁は掲示板代わりになっていて、様々な依頼内容を書いた紙が貼られている。
奥にはカフェのカウンター席みたいな長机があって、5人の受付嬢たちが冒険者たちと依頼の手続き作業をしていた。
「こっちこっち」
って言いながら、セーヤは受付カウンター横の扉を開けてまた手招きする。
入ってみるとそこは応接室で、ソファにはプロレスラーみたいに筋肉ムキムキのオッサンが座っていた。
こげ茶の猫耳と尻尾、髪はクリーム色、目はターコイズブルー。
シャム猫系の獣人かな?
しかしガチムチ過ぎてシャム猫のスレンダーなイメージは全く無かった。
「はじめまして。私はサイアミ、このギルドハウスの支部長をしている」
「はじめまして。クルスといいます。かけだしの渡し屋です」
ガチムチシャム猫獣人のオッサンは、サイアミという名前らしい。
俺はここでも苗字の「来栖」を名乗り、始めたばかりの渡し屋だと告げた。
実際は現実世界での仕事はドラッグストア勤務の派遣バイト、この世界での仕事は神様代理だけど。
そんなこと言ったら頭おかしい奴と思われそうな気がして、無難に渡し屋で通すことにした。
「早速だが本題に入ろう。渡し屋の仕事があるんだが、引き受けてくれないかい?」
「今は別の依頼を受けているので、それが終わってからならいいですよ」
俺とセーヤが向かいのソファに座ると、サイアミはすぐ依頼の話を始める。
応接室に通されたのは、仕事を頼む為だったのか。
この世界の通貨が欲しい俺は、先約を済ませてからという条件で承諾した。
「それで構わない。先の依頼が完了したら、またこちらへ来てほしい」
「分かりました。ちなみに、依頼内容を聞いてもいいですか?」
「勿論。渡してもらいたいのはこのギルドに所属するBランク以上の冒険者たち、行き先は
「?!」
サイアミから聞いた依頼内容に、俺は一瞬固まった。
イリの神に何の用?
っていうか、代理でよければ、今ここにいるけど!
「人数にして30名ほどになる。一度に渡すのが無理なら、可能な人数ずつに分けてくれてもいい」
「いえ、分けなくても大丈夫です」
サイアミは俺が驚いたのは人数の多さかと思ったらしい。
俺が作り出す異空間トンネルは、制限時間や定員などは無い。
それよりも、西島まで行く冒険者たちが何を望むのかが気になるところだ。
「イリの神様に何の用か、聞いてもいいですか?」
「邪神の眷属に対抗できる力を授かるためだよ」
俺の問いに答えたのはサイアミではなく、隣に座っていたセーヤだった。
サイアミはセーヤに話を任せて、静かに頷いている。
眷属化したコウモリたちの速度に、セーヤとパーティメンバーはついていけなかった。
イリの神に求めるものは、神力による身体能力の永続的な上昇か?
西島まで行かなくてもここでやってあげるよなんて言えないから、俺は黙って話を聞いている。
「でもその前に、サヤと我が子に会わなきゃね。クルス、俺を2人のところへ運んでくれ」
「OK」
俺は異空間トンネルを南島に繋げた。
そろそろ夜明けの時間で、予定よりも少し早いけれど。
サイアミに「では先の依頼を済ませてきます」と告げて、俺はセーヤを連れて異空間トンネルに入った。
「サヤに会う前に、知っておいてほしいことがある」
大きな土管のようなトンネルの中、俺はセーヤにサヤの状況を説明した。
邪神の眷属に村を滅ぼされて、親しい人々がみんな殺されたこと。
1人生き残ったことに罪悪感のような気持ちを抱いていること。
そして、俺をセーヤと間違えていることも。
俺は猫耳・尻尾・髪の色を黒から銀灰色に、瞳の色を金色から銀灰色に戻した。
「え?!」
「魔法で色を変えただけだ。似てるだろ? この姿を見たサヤにセーヤと間違われて、今に至るんだ」
俺は話せることは全部セーヤに話した。
さすがに「実はこれも仮の姿で正体は異世界人です」とは言えないけど。
「じゃあ、俺を迎えにきたのは……」
「サヤに早く本物を引き合わせたいと思った俺の意思だよ。だからサヤから依頼料は貰ってないし、セーヤからとる気も無い」
セーヤは驚いてはいたが、状況を理解してくれた。
ここから先は、セーヤが頼りだ。
サヤは本物との再会で、今までのセーヤが偽物だと気付くだろう。
騙されたことにショックを受けたりしないか、俺はそれが心配だった。
「サヤに会ったら、まず俺が偽物だと白状するよ。その後、セーヤがサヤを慰めてもらえるか?」
「いいよ」
状況を理解したセーヤは落ち着きを取り戻して頷く。
偽物の俺はサヤに嫌われるだろうけど、それは構わない。
サヤの心が壊れたりしないように、セーヤにはしっかり支えてもらいたい。
「じゃあ、行こうか」
俺は異空間トンネルの先、南島への扉を開けた。