目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第74話:小さな結婚式


「クルス、俺とサヤをサントルまで渡してもらえるかい?」

「いいよ。買い出しでも行くのか?」

「いや、引っ越しだよ。サヤを俺の家に迎え入れることにしたんだ」


 南島に着いてすぐ、セーヤは言った。

 彼はエスト国の首都サントルに自宅がある。

 村が壊滅状態となり、住家を失ったサヤを、セーヤは自分の家に来るよう誘ったらしい。


「そっか。都市なら熊に襲われることは無さそうだし、サヤもセーヤと暮らせるなら幸せだと思うよ」

「うん、俺はなるべくサントル近郊の依頼を受けるようにして、サヤには寂しい思いをさせないつもりだ」


 そんな話をしながら、南島の祠に向かって歩く。

 御堂さんソックリのサヤには、幸せになってほしいと思う。

 この世界の女性は結婚せずに独り子育てするシングルマザーが多いけれど、セーヤはサヤに寄り添い、2人で子育てするつもりだと話してくれた。


 海岸から島の中央に向かって白砂の道を少し歩くと、パイの神の祠が見えてくる。

 空が白み始める中、純白の祠は淡い光に包まれていた。

 壁に絡みつく蔓草の花が、甘い香りを漂わせている。

 パイも既に話を聞いているようで、穏やかな笑みを浮かべながら祠の外に出てきた。


「セーヤ、サヤを家に迎え入れるなら、ずっと家族でいておやり。喧嘩別れなんかしたら承知しないよ」

「はい」


 白猫女神の言葉にセーヤが頷くと、祠の中から赤ん坊を抱いたサヤが出てくる。

 薄化粧したサヤは、白いサマードレスを身に纏い、頭には祠を彩る花と同じ薄紅色の花冠を被っている。

 花嫁みたいだなぁと思っていると、パイがセーヤに片手(前足)を向けた。

 白い猫の手の先から、薄紅色の花弁が渦を巻いて放たれる。

 花弁はセーヤを中心に渦巻いた後、その身体を包んでいく。

 薄紅色から白へと花弁の色が変わり、一瞬光るとセーヤの衣服が白くなった。

 もはやどう見ても結婚式のようだ。

 セーヤの服の胸ポケットには、サヤの花冠と同じ薄紅色の花が飾られている。


「セーヤ、サヤ、ここで永遠の愛を誓っていきな」


 祠を背にオスワリするライオンサイズの白猫パイ。

 どうやら神前式っぽいものが始まるらしい。

 俺はセーヤの後方に下がり、新郎新婦の誓いを見守った。


 祠の前の白い階段を、白いドレスを着たサヤが降りてくる。

 彼女は微笑みながらセーヤに近付き、その隣に並んだ。

 俺の位置からは、2人の後ろ姿が見える。

 セーヤとサヤは、それぞれ尻尾を伸ばしてクルリと絡め合っていた。


「「パイの神様に申し上げます」」


 夫婦となる2人の声が揃う。

 通常の結婚式なら神父さんかいるところだが、今の2人の前にいるのは神様そのものだ。


「私、セーヤはサヤと魂の絆を結び、ずっと家族でいることを誓います」

「私、サヤはセーヤと運命を重ねて、ずっと寄り添うことを誓います」

「「私たちは、永遠に愛し合うことを約束します」」


 セーヤもサヤも真っすぐにパイに目を向けて、ハッキリした声で言う。

 それぞれ誓った後に、声を揃えて言うタイミングもバッチリだ。

 練習なんてする暇無かったろうに、どちらもスラスラと言えるのが凄いな。

 多分それは本心からの言葉だからかもしれない。


「うん、よく言ったね。加護をあげるから健やかに生きなさい」

「「ありがとうございます」」


 満足そうなパイの神が【生命神の加護】を授ける。

 恋人から夫婦になった2人が笑顔でお礼を言った後、誓いのキスをして結婚式は完了した。


 神々の諸島アケト・マヌの遥か東、水平線の彼方から朝日が昇る。

 金色の光が、慈しむ用に辺りを照らす。

 見つめ合うセーヤとサヤも朝日の輝きに包まれて、祝福されているように見えた。

 きっと太陽神アガも2人を祝っているのだろう。


「おめでとう。このトンネルを抜ければ首都サントルだよ」

「ありがとうクルス。はいこれ2人分」

「渡し賃はとらないよ。結婚祝いだと思ってくれたらいい」


 俺はセーヤに頼まれた行き先に繋がるトンネルを開いた。

 セーヤが財布から金貨を2枚出して差し出すが、受け取るのはやめておく。

 これから家族のために出費が増えるだろうからね。


「クルス……さん? 毛並みや瞳の色は違うけど、セーヤに似ているのね。親戚の方かしら?」

「はじめましてサヤさん。たまたま似ているだけで血縁は無いですよ」


 サヤが問いかけてくる。

 他の人たちは毛色を変えただけでセーヤに似てるとは思わなくなったのに、サヤは俺の顔を不思議そうに見つめて言った。

 似すぎて間違われて2~3日ほどセーヤのふりをしてましたなんて言えない……。

 だから俺は、今日初めて会う者として接しておいた。 

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?