「クルス、俺とサヤをサントルまで渡してもらえるかい?」
「いいよ。買い出しでも行くのか?」
「いや、引っ越しだよ。サヤを俺の家に迎え入れることにしたんだ」
南島に着いてすぐ、セーヤは言った。
彼はエスト国の首都サントルに自宅がある。
村が壊滅状態となり、住家を失ったサヤを、セーヤは自分の家に来るよう誘ったらしい。
「そっか。都市なら熊に襲われることは無さそうだし、サヤもセーヤと暮らせるなら幸せだと思うよ」
「うん、俺はなるべくサントル近郊の依頼を受けるようにして、サヤには寂しい思いをさせないつもりだ」
そんな話をしながら、南島の祠に向かって歩く。
御堂さんソックリのサヤには、幸せになってほしいと思う。
この世界の女性は結婚せずに独り子育てするシングルマザーが多いけれど、セーヤはサヤに寄り添い、2人で子育てするつもりだと話してくれた。
海岸から島の中央に向かって白砂の道を少し歩くと、パイの神の祠が見えてくる。
空が白み始める中、純白の祠は淡い光に包まれていた。
壁に絡みつく蔓草の花が、甘い香りを漂わせている。
パイも既に話を聞いているようで、穏やかな笑みを浮かべながら祠の外に出てきた。
「セーヤ、サヤを家に迎え入れるなら、ずっと家族でいておやり。喧嘩別れなんかしたら承知しないよ」
「はい」
白猫女神の言葉にセーヤが頷くと、祠の中から赤ん坊を抱いたサヤが出てくる。
薄化粧したサヤは、白いサマードレスを身に纏い、頭には祠を彩る花と同じ薄紅色の花冠を被っている。
花嫁みたいだなぁと思っていると、パイがセーヤに片手(前足)を向けた。
白い猫の手の先から、薄紅色の花弁が渦を巻いて放たれる。
花弁はセーヤを中心に渦巻いた後、その身体を包んでいく。
薄紅色から白へと花弁の色が変わり、一瞬光るとセーヤの衣服が白くなった。
もはやどう見ても結婚式のようだ。
セーヤの服の胸ポケットには、サヤの花冠と同じ薄紅色の花が飾られている。
「セーヤ、サヤ、ここで永遠の愛を誓っていきな」
祠を背にオスワリするライオンサイズの白猫パイ。
どうやら神前式っぽいものが始まるらしい。
俺はセーヤの後方に下がり、新郎新婦の誓いを見守った。
祠の前の白い階段を、白いドレスを着たサヤが降りてくる。
彼女は微笑みながらセーヤに近付き、その隣に並んだ。
俺の位置からは、2人の後ろ姿が見える。
セーヤとサヤは、それぞれ尻尾を伸ばしてクルリと絡め合っていた。
「「パイの神様に申し上げます」」
夫婦となる2人の声が揃う。
通常の結婚式なら神父さんかいるところだが、今の2人の前にいるのは神様そのものだ。
「私、セーヤはサヤと魂の絆を結び、ずっと家族でいることを誓います」
「私、サヤはセーヤと運命を重ねて、ずっと寄り添うことを誓います」
「「私たちは、永遠に愛し合うことを約束します」」
セーヤもサヤも真っすぐにパイに目を向けて、ハッキリした声で言う。
それぞれ誓った後に、声を揃えて言うタイミングもバッチリだ。
練習なんてする暇無かったろうに、どちらもスラスラと言えるのが凄いな。
多分それは本心からの言葉だからかもしれない。
「うん、よく言ったね。加護をあげるから健やかに生きなさい」
「「ありがとうございます」」
満足そうなパイの神が【生命神の加護】を授ける。
恋人から夫婦になった2人が笑顔でお礼を言った後、誓いのキスをして結婚式は完了した。
金色の光が、慈しむ用に辺りを照らす。
見つめ合うセーヤとサヤも朝日の輝きに包まれて、祝福されているように見えた。
きっと太陽神アガも2人を祝っているのだろう。
「おめでとう。このトンネルを抜ければ首都サントルだよ」
「ありがとうクルス。はいこれ2人分」
「渡し賃はとらないよ。結婚祝いだと思ってくれたらいい」
俺はセーヤに頼まれた行き先に繋がるトンネルを開いた。
セーヤが財布から金貨を2枚出して差し出すが、受け取るのはやめておく。
これから家族のために出費が増えるだろうからね。
「クルス……さん? 毛並みや瞳の色は違うけど、セーヤに似ているのね。親戚の方かしら?」
「はじめましてサヤさん。たまたま似ているだけで血縁は無いですよ」
サヤが問いかけてくる。
他の人たちは毛色を変えただけでセーヤに似てるとは思わなくなったのに、サヤは俺の顔を不思議そうに見つめて言った。
似すぎて間違われて2~3日ほどセーヤのふりをしてましたなんて言えない……。
だから俺は、今日初めて会う者として接しておいた。