クリムゾンボアの焼肉弁当を美味しく頂いた後、俺は屋台の三毛猫獣人おばちゃんに声をかけた。
「ごちそうさま! 凄く美味しかったです」
「お口に合って良かったわ~」
飯粒も残さず綺麗に食べ切った容器を返したら、おばちゃんは満足そうにニコニコしている。
ごはんに使われていた穀類はどこかに売っているんだろうか?
俺が異世界人だとバレないように気を付けつつ、おばちゃんに聞いてみよう。
「この街でオススメの食材の店はありますか? 来たついでに買い物したいのですが」
「あら~旅人さんなのね~。それならあの道を歩いていけば、すぐ商店街に出るわ」
「ありがとう! 行ってみます」
「は~い、また来てね~」
のんびりした口調のおばちゃんは、商店街の場所を教えてくれた。
屋台が並ぶ噴水広場から商店街までは、徒歩5分くらいの距離だ。
屋台の品が調理済みの物が多いのに対し、商店街には食材を扱う店が多い。
欲しかった穀類は、すぐに見つかった。
日本の雑穀みたいに混ぜて袋詰めで売っているのかと思ったら、種類ごとに分けられて大きな木箱に入っている。
量り売りかな?
店内を眺めていたら、地元の主婦っぽい普段着姿の女性が入ってきて、店主の男性に声をかけた。
「ミレー2つとキノア1つ、中の袋でちょうだい」
「配達は夜でいいかい?」
「ええ。いつもの時間にお願い」
「まいどあり~」
話した後、女性は品物を持たずに帰っていく。
店主は店内の壁に掲げられた石板に、チョークのようなもので注文内容をメモした。
袋のサイズは会計カウンターに置いてある現物参照だ。
日本の米袋でいうと、大は30キロ、中は10キロ、小は5キロくらいかな。
どうやら日本の米屋みたいに配達もしてもらえるらしい。
……ただし、街の住民に限る。
俺の家はここから海を越えた彼方だから。
さすがに離島への配達は無理だろう。
「この7種類、小の袋で1つずつ下さい」
「あいよ、どこへ配達だ?」
「俺は【渡し屋】だから自分で運べます」
「おお、兄ちゃん渡し屋か。どのくらいの距離までいける?」
「ここから世界樹がある島まで1回で行けますよ」
「え?! そんな遠くまで?!」
……なんなら異世界まで行けるけど。
店主の驚きぶりから、俺の移動能力は規格外なんだなぁと思う。
「一度に何人移動できる?」
「人数制限はないです。冒険者30人まとめて
「30人まとめて?!」
……100人送っても大丈夫だけど。
店主はキジトラ尻尾の毛を膨らませっぱなしで驚いている。
「兄ちゃんそんな凄い渡し屋なのか。もしも手が空いていたら、依頼してもいいかい?」
買い物だけの筈が、仕事の相談がきちゃったよ。
渡し屋、大人気か?
せっかくだから引き受けてみよう。
「いいですよ。いつ何処へ誰を渡しますか?」
「今夜だ。北の辺境伯ロティエル様のところへ。大型の荷馬車を10台用意するからそれを渡らせてほしい。報酬は馬車1台につき金貨10枚だ」
「OKです」
荷馬車1台運ぶのに金貨10枚、日本円で10万くらい。
実は俺、荷馬車の渡し賃の相場を知らないんだけど。
日本の引っ越し業者のトラック1台分みたいなものだろうか?
「助かるよ。渡し屋が雇えなかったら馬車で何日もかかるところだった」
店主はホッとしている様子だった。
馬車で何日もかかる距離も、空間移動ならすぐ着くからね。
途中で盗賊とか(いるのか?)に襲われることもないし。
商人たちにとって、渡し屋は高い料金を払ってでも雇いたい存在なんだろう。
◇◆◇◆◇
商談成立後、俺は店主がタダでくれた7種の穀物を異空間倉庫に入れて帰宅した。
いつものようにソファでお腹出してゴロゴロしているユガフ様が、俺をじーっと見て言う。
「聖夜よ、また忘れておるぞ」
「えっ?」
なんか忘れたっけ? って思った直後、仔猫たちが木箱から飛び出して駆け寄ってくる。
仔猫たちはよじ登るかと思いきや、横を通り抜けて俺の後ろ側にあるものに飛びついた。
「ほわっ?!」
「ふぉっほっほ。チビどもも2回目となれば警戒せぬか」
普段の俺には無いものが、仔猫たちの餌食になっている。
フサフサした黒猫尻尾。
俺はまた、獣人に変身したまま帰宅したんだ。
仔猫たちもルカも、もう正体が俺だと分かっているから、警戒心のカケラもなかった。
四方八方から俺の尻尾に飛びかかり、カミカミケリケリする仔猫たち。
もはや完全にオモチャにされている。
普段ユガフ様が噛まれているときの微妙な痛みがよく分かったよ。
尻尾を力強く一振りすると、仔猫たちがコロンコロンと転がる。
しかしすぐまた飛びついて、噛んだり蹴ったりが再開された。
「変身を解くの忘れてた……」
「そそっかしい奴じゃのう。そのうち変身したまま現実世界へ行ってしまうのではないか?」
「みっ、みみっ」
尻尾を噛まれながら苦笑する俺に、ユガフ様が目を細めて呆れながら言う。
ルカに「気を付けてね」って言われた気がする。
やめて~、フラグ立ちそうだから!
獣人姿で現実世界へ行っちゃうことだけは避けたい。