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第76話:買い物をしよう

 クリムゾンボアの焼肉弁当を美味しく頂いた後、俺は屋台の三毛猫獣人おばちゃんに声をかけた。


「ごちそうさま! 凄く美味しかったです」

「お口に合って良かったわ~」


 飯粒も残さず綺麗に食べ切った容器を返したら、おばちゃんは満足そうにニコニコしている。

 ごはんに使われていた穀類はどこかに売っているんだろうか?

 俺が異世界人だとバレないように気を付けつつ、おばちゃんに聞いてみよう。


「この街でオススメの食材の店はありますか? 来たついでに買い物したいのですが」

「あら~旅人さんなのね~。それならあの道を歩いていけば、すぐ商店街に出るわ」

「ありがとう! 行ってみます」

「は~い、また来てね~」


 のんびりした口調のおばちゃんは、商店街の場所を教えてくれた。

 屋台が並ぶ噴水広場から商店街までは、徒歩5分くらいの距離だ。

 屋台の品が調理済みの物が多いのに対し、商店街には食材を扱う店が多い。

 欲しかった穀類は、すぐに見つかった。

 日本の雑穀みたいに混ぜて袋詰めで売っているのかと思ったら、種類ごとに分けられて大きな木箱に入っている。

 量り売りかな?

 店内を眺めていたら、地元の主婦っぽい普段着姿の女性が入ってきて、店主の男性に声をかけた。


「ミレー2つとキノア1つ、中の袋でちょうだい」

「配達は夜でいいかい?」

「ええ。いつもの時間にお願い」

「まいどあり~」


 話した後、女性は品物を持たずに帰っていく。

 店主は店内の壁に掲げられた石板に、チョークのようなもので注文内容をメモした。

 袋のサイズは会計カウンターに置いてある現物参照だ。

 日本の米袋でいうと、大は30キロ、中は10キロ、小は5キロくらいかな。

 どうやら日本の米屋みたいに配達もしてもらえるらしい。


 ……ただし、街の住民に限る。


 俺の家はここから海を越えた彼方だから。

 さすがに離島への配達は無理だろう。


「この7種類、小の袋で1つずつ下さい」

「あいよ、どこへ配達だ?」

「俺は【渡し屋】だから自分で運べます」

「おお、兄ちゃん渡し屋か。どのくらいの距離までいける?」

「ここから世界樹がある島まで1回で行けますよ」

「え?! そんな遠くまで?!」


 ……なんなら異世界まで行けるけど。


 店主の驚きぶりから、俺の移動能力は規格外なんだなぁと思う。


「一度に何人移動できる?」

「人数制限はないです。冒険者30人まとめて神々の諸島アケト・マヌまで送ったこともありますよ」

「30人まとめて?!」


 ……100人送っても大丈夫だけど。


 店主はキジトラ尻尾の毛を膨らませっぱなしで驚いている。


「兄ちゃんそんな凄い渡し屋なのか。もしも手が空いていたら、依頼してもいいかい?」


 買い物だけの筈が、仕事の相談がきちゃったよ。

 渡し屋、大人気か?

 せっかくだから引き受けてみよう。


「いいですよ。いつ何処へ誰を渡しますか?」

「今夜だ。北の辺境伯ロティエル様のところへ。大型の荷馬車を10台用意するからそれを渡らせてほしい。報酬は馬車1台につき金貨10枚だ」

「OKです」


 荷馬車1台運ぶのに金貨10枚、日本円で10万くらい。

 実は俺、荷馬車の渡し賃の相場を知らないんだけど。

 日本の引っ越し業者のトラック1台分みたいなものだろうか?


「助かるよ。渡し屋が雇えなかったら馬車で何日もかかるところだった」


 店主はホッとしている様子だった。

 馬車で何日もかかる距離も、空間移動ならすぐ着くからね。

 途中で盗賊とか(いるのか?)に襲われることもないし。

 商人たちにとって、渡し屋は高い料金を払ってでも雇いたい存在なんだろう。



 ◇◆◇◆◇



 商談成立後、俺は店主がタダでくれた7種の穀物を異空間倉庫に入れて帰宅した。

 いつものようにソファでお腹出してゴロゴロしているユガフ様が、俺をじーっと見て言う。


「聖夜よ、また忘れておるぞ」

「えっ?」


 なんか忘れたっけ? って思った直後、仔猫たちが木箱から飛び出して駆け寄ってくる。

 仔猫たちはよじ登るかと思いきや、横を通り抜けて俺の後ろ側にあるものに飛びついた。


「ほわっ?!」

「ふぉっほっほ。チビどもも2回目となれば警戒せぬか」


 普段の俺には無いものが、仔猫たちの餌食になっている。

 フサフサした黒猫尻尾。

 俺はまた、獣人に変身したまま帰宅したんだ。

 仔猫たちもルカも、もう正体が俺だと分かっているから、警戒心のカケラもなかった。

 四方八方から俺の尻尾に飛びかかり、カミカミケリケリする仔猫たち。

 もはや完全にオモチャにされている。

 普段ユガフ様が噛まれているときの微妙な痛みがよく分かったよ。

 尻尾を力強く一振りすると、仔猫たちがコロンコロンと転がる。

 しかしすぐまた飛びついて、噛んだり蹴ったりが再開された。


「変身を解くの忘れてた……」

「そそっかしい奴じゃのう。そのうち変身したまま現実世界へ行ってしまうのではないか?」

「みっ、みみっ」


 尻尾を噛まれながら苦笑する俺に、ユガフ様が目を細めて呆れながら言う。

 ルカに「気を付けてね」って言われた気がする。


 やめて~、フラグ立ちそうだから!


 獣人姿で現実世界へ行っちゃうことだけは避けたい。

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