渡し屋の仕事前。
俺は西島へ行き、星の精霊たちから情報を提供してもらった。
イリの神の姿であるフサフサ銀猫に変身した俺は、星々が瞬く夜空を見上げて問いかける。
「星の精霊たちよ、エスト国の北部にあるという、辺境伯の屋敷について調べてくれるかい?」
「畏まりました」
精霊たちが空中に浮かびながら、恭しく一礼した。
穀物商のオヤジは、俺がアッサリ引き受けたから、辺境伯の屋敷を知っているものと思ったろう。
エスト国どころかこの世界の出身でもない俺が、辺境伯を知っているわけがなかった。
普通の渡し屋は、自分が行ったことがある場所しか移動魔法が使えないらしい。
しかし、俺は違う。
「屋敷の近くに馬車10台を停められる開けた場所があるそうだ。そこを見てきてほしい」
「すぐに調べてまいります」
精霊たちは光の尾を引いて飛び去っていく。
かと思えば、秒で戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「うん、いつもながら早いね」
毎度ながら、精霊たちの探索から情報提供までがとんでもなく早い。
夜限定という縛りはあるけれど、こうして離れた場所の情報をすぐ得られるのは便利だ。
「よい場所がありましたよ。トンネルを開きましょうか?」
「うん、頼む」
精霊たちのサポートのおかげで、俺は行ったことがない場所へも空間移動が可能である。
俺は獣人クルスの姿に変身して、精霊が開く異空間トンネルに入った。
一度行けば、あとは自力で昼間も空間移動が可能になる。
イリの神代理の立場を利用したチートだけど、ユガフ様は自由にしていいと言っていた。
◇◆◇◆◇
星の精霊が開いたトンネルを抜けると、ひんやりした風が吹いてくる。
体感的に西島よりも5℃くらい気温が低いかな?
真夏の屋外から冷房をガンガンに効かせた屋内に入ったときのような温度差を感じた。
すぐ近くに、高い石壁と大きな門がある。
この門の向こうが辺境伯の屋敷なんだろう。
門を眺めていたら複数の蹄の音が聞こえてきたので、俺は咄嗟に低木の茂みの中へ隠れた。
「急げ! 魔獣を砦に近付かせるな!」
「谷で食い止めろ!」
そんな叫びと共に、勢いよく開いた門の内側から、10頭ほどの騎馬が飛び出してくる。
あっという間に走り去る騎馬隊は、砦を目指しているらしい。
馬上の騎士たちは、俺には全く気付いていなかった。
(俺が敵じゃなくて良かったね)
そんなことを思いつつ、俺は騎馬隊を見送る。
彼等の会話の内容から、向かう先には谷があって、魔獣がそこへ迫ってきているっぽいのは分かった。
騎士たちはおそらく辺境警備隊とかなんだろう。
『あの騎士たちの様子を見てて。俺は渡し屋の仕事をするから』
『畏まりました』
緊急事態っぽい雰囲気が気になるけれど。
依頼をすっぽかすわけにはいかないので、俺は精霊に偵察を任せて穀物商人の店へ向かった。