「これも届けてくれるか?」
集合予定時刻より少し前。
店を訪れた俺に、穀物商のオヤジがカゴ盛りの果実を差し出して言う。
俺が住んでいる島でも採れる、マンゴーに似た味と食感の果物だ。
現実世界で売っている輸入ものよりも小さいが、濃厚な甘さと弾力がある。
「渡し屋を確保したと言ったら、農家の人からこれを辺境伯様にって頼まれたんだ」
「分かりました。新鮮なうちにお届けしますね」
果実は皮が艶々していて、店内に甘い香りを漂わせている。
真っ赤に色づいているものは、多分食べ頃の完熟状態だろう。
馬車で何日もかかっていたら、この鮮度は保てない。
「この果実ってエスト国でも採れるんですね」
「自生したものは無いけどな。本来は南国のフルーツだから、魔道具で温度調節しながら育てているよ」
現実世界のハウス栽培に代わる技術が、この世界の農家にはあるらしい。
その技術があれば、寒冷地の野菜や果物を常夏の島で栽培できそうだ。
いつか見学に行ってみたいな。
そんなことを思いつつ、俺は果実のカゴ盛りを異空間倉庫に収納した。
「物資全て積み終えました」
「じゃ、行ってきます」
店の前で作業をしていたスタッフが、扉を開けて声をかけてくる。
俺は店主に声をかけて店の外へ出た。
予定通り、荷馬車が10台並んでいる。
大型四輪の荷車で、荷台には幌がかけられている。
1台の大きさは、2トントラックくらいはあるかな?
それを引く馬はガッシリした体格で足が太く、現実世界のばんえい競馬で使われる馬に似ていた。
「トンネル開きま~す! 先頭から順に入って下さいね」
「おう、頼んだぞ兄ちゃん」
「これを一気に渡せるんだって?」
「すげぇな兄ちゃん」
「宮廷のお抱え渡し屋より凄いぞ」
御者の皆さんに声掛けしたら、なんかワクワクしてる感じの陽気な声が帰ってくる。
どうやら俺の移動魔法は、宮廷渡し屋(宮廷魔導士みたいなやつ?)より凄いらしい。
一列に並んだ幌馬車の先頭まで歩いていくと、俺はいつもよりデカい異空間トンネルを開いた。
イメージ的には、現実世界の高速道路とかにあるようなトンネルだ。
大きな土管のような円形ではなく、カマボコみたいな形。
荷馬車が揺れたり傾いたりしないように、床は平らで滑らかにしておいた。
「こんな感じでいいかな。どうぞ」
「おお! なんか床が硬くて滑らかになってるぞ」
「石畳とは違うな。なんだろうこれ?」
トンネルの入口の大扉を開けたら、見送りに来た店主とスタッフたちがザワつく。
彼等の視線は、アスファルトの道路みたいになっているトンネル内に向けられている。
そういや、この世界に舗装された道路は無かったな。
「馬車がガタゴト揺れたら野菜や果物が傷むかなって思ったから、滑らかな床をイメージしました~」
「確かにこれなら振動は少ないな」
「他の渡し屋にも教えてやってくれよ」
「他の奴がここまでできるか知らんけど」
しばらく興味津々でトンネル内(主に底面)を眺め回した後、幌馬車の一団は先頭から順に入っていく。
俺は最後にトンネルの中に入り、入口を閉じた。
トンネルの出口の向こうには広場が見えていて、広場の向こうには高い石壁と大きな扉がある。
扉は金属製の引戸門扉で、馬車に気付いた門番がこちらへ向かって歩いてきた。
「サントルから物資を届けに来ました!」
「ありがとう! 中を確認させてもらうが、いいか?」
「勿論です」
最初にトンネルから出た馬車の御者と門番が話した後、門扉の向こうから2人の警備兵たちが出てくる。
警備兵たちは左右から馬車の幌をめくって中を確認していく。
「よし、みんな入っていいぞ」
特に問題は無く、確認作業は終わった。
一列に並んで進んでいく幌馬車に続いて、俺も辺境の街の中へ入った。