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第79話:商業ギルド


 辺境の街セベル。

 金属製の引戸門扉を通り抜けると、赤レンガ風の倉庫っぽい建物がズラリと並んでいた。

 ひんやり涼しい気温もあって、北海道の小樽の街を連想させる。

 建物の正面には両開きの大扉があり、幌馬車は各扉の前に1台ずつ停車した。


「早く来てくれて助かったよ、多分これから薬草を大量に使う筈だから」

「じゃあ、先にあの馬車の荷物から搬入しやしょうか。あそこに薬草やポーションを積んでますぜ」

「ああ、そうしよう」


 幌馬車の一団のリーダーと警備隊長とが、荷下ろしの順番について話している。

 10台の馬車は、様々な物資を積んでいた。

 警備兵と倉庫作業員たちがその1台に集まり、医薬品を積んだ馬車の荷下ろしが始まった。

 薬草をたくさん使うと聞いて、俺は下見に来たときに見かけた騎士団を連想する。


 怪我人が複数出ているのかな?

 命に関わる怪我でなければいいけど。


『魔獣討伐に向かった騎士団はどうしてる?』

『討伐は終わっています。負傷者がいますが命に別状はなさそうです』

『なら良かった』


 偵察に向かわせた星の精霊に聞くと、被害は大したことはないらしい。

 討伐が終わったのなら、加勢に行く必要は無さそうだ。

 俺は荷物の搬入指示を出している御者のオジサンに声をかけた。


「俺も手伝いましょうか? 荷物の積み下ろしなら慣れてますよ」

「渡し屋の兄ちゃん、あんたは商業ギルドに報告してきな。あそこが事務局だ」

「ここは我々がすぐ片付けられるから大丈夫ですよ」


 荷下ろしも荷運びも、俺には現実世界でも馴染みの作業だから手伝おうとしたら、御者のオジサンに止められた。

 若い警備兵の1人も爽やか笑顔で言う。

 ここにいる皆さん、揃って筋肉モリモリのマッチョたちだ。

 細身で力仕事には向いてなさそうに見える俺に、手伝わせるのは心配だったのだろうか?

 転移者補正やら神力やら盛られて、多分それなりに筋力はあるけれど。

 人手が足りているなら、手伝わなくてもいいかな?

 俺はとりあえず商業ギルドの事務局へ向かった。



 ◇◆◇◆◇



 商業ギルドの事務局も、赤レンガみたいな石っぽい物と木で造られた建物だ。

 木戸を開けて中に入ると、受付カウンターにいる女性がすぐ声をかけてきた。


「渡し屋のクルスさんですね。サントル本部からお話は伺っております」

「依頼を受けたのは今日の朝方だけど、もう連絡がきていたんですか?」

「はい、渡し屋が見つかったと今朝の魔導通信で報せを受けていました」

「魔導通信?」

「商業ギルドでは、本部と各支部で文書や音声をやりとりできる魔導具を完備しております」


 魔導通信とかあるんだ。

 現実世界のインターネットみたいなものが、この世界にもあるらしい。

 神の島にはネット環境が無いから知らなかったよ。


「ではこちらが今回の報酬となります。お確かめください」

「うん、確かに受け取りました」


 金貨100枚入りの革袋がズッシリ重い。

 俺は受け取った報酬を異空間倉庫に収納した。

 営業スマイルを浮かべる受付嬢が、更に話題を振ってくる。


「ところで、クルスさんはどこかに所属の渡し屋さんですか?」

「いえ、フリーで駆けだしの渡し屋です」

「今回以外にも大きなお仕事を達成してらっしゃいますよね?」

「そんな大したことはしてないですよ」

「あれを大したことはないと言える実力をお持ちということですね」


 受付嬢が、俺の実績を確認するように問いかける。

 大きな仕事ってなんだろう?

 俺が首を傾げているのを謙遜だと誤解したのか、受付嬢がニッコリ微笑む。


「実はギルド長から、クルスさんに商業ギルドの登録渡し屋になってもらえないか話すようにと言われました」

「登録渡し屋?」

「仕事があるときに当方から依頼人に紹介し、報酬も当方からお支払いする相手が登録渡し屋です。フリーの渡し屋よりも報酬額は高めになりますよ」


 つまり、現実世界での派遣会社の登録みたいなものかな?

 ドラッグストアで働く派遣社員の俺は、給与は派遣会社から支払われ、一般のバイトたちよりも時給が高い。


「いい話ですね。ぜひお願いします」

「ありがとうございます。では、これをお持ち下さい」


 快諾した俺に、受付嬢が真鍮製の懐中時計に似た物を差し出す。

 俺はなんとなく、それが何か予想できた。

 この流れで渡される物といったら、多分あれだな?


「これはもしかして、さっき話していた魔道具?」

「商業ギルドのオリジナル商品、魔導通信の端末ですよ。登録渡し屋さんたちに提供しています。魔道具の魔石も当方が負担しますので、1年くらい経ったら交換に来て下さいね」


 なんか、社用の携帯を持たされる営業マンみたいだな。

 そんなことを思いつつ、俺は通信用魔道具を受け取った。


「この文字は各支部の頭文字、中央の丸い印は本部、それを指先で押して光ったら相手支部が応答できる状態になった合図です。声を出さなくても伝えたいことを心の中に思い浮かべるだけで連絡ができますよ」

「凄い技術ですね」


 異世界の通信機器の技術が、現実世界を超えている……。

 脳波通信? ってまだ地球では開発段階だよね?

 デザインはアンティークなのに最先端の技術が詰め込まれた小型の魔道具が、キラキラと輝いて見えるよ。


「じゃあ、これからよろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 笑顔を絶やさない受付嬢に見送られ、俺は懐中時計みたいな形の魔道具を首から下げて、商業ギルドの事務局を出た。

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