「せっかくだから、ちょっとお茶でも飲んでいきなさい」
ニコニコしながら、体格に合わぬ握力で俺の腕を掴んで引っ張っていく赤い軍服の美女。
何処へ連れて行くのかと思えば、街の北側にある丘の上のお屋敷だった。
白壁に青い屋根、四隅に見張りの為と思われる塔がある。
屋敷っていうか、これは「城」だな。
そんなところに招待(?)する、この人は誰?
「おかえりなさいませ」
「客人だ。今後もここに来ることもあるだろう。顔を覚えておきなさい」
「畏まりました」
城の門番が、恭しく一礼する。
美女が俺を紹介する様子が、なんかまたここに呼ばれることを予感させた。
「おかえりなさいませ」
「サロンに茶の用意を頼む」
「はい、すぐに御用意いたします」
城の中に入れば、廊下ですれ違う侍女たちが同じく恭しく一礼する。
お茶を御馳走してくれるのは本当らしいけど、なんかもうこのやりとりで美女が何者か察してしまったぞ。
この街の近くでこんな城みたいな屋敷に住んでる人といったら、辺境伯その人または家族だろう。
「まあ座ってくれ」
街が一望できる大きなガラス窓がある客間。
すすめられたソファに座ると、良い香りがするお茶と美味しそうなケーキが運ばれてきた。
レアチーズケーキかな?
上に盛られた生クリームも美味しそう。
底には砕いたバタークッキーが敷いてあり、トッピングに柑橘系の香りがするシロップがかかっている。
「食べてくれ。口に合えばよいのだが」
「ありがとうございます。いただきます」
すすめられるままにフォークを取り、滑らかな生地を食べやすい大きさに切ってパクッと一口。
バニラの甘い香りと、クリームチーズの濃厚な味が口の中に広がる。
材料は、シェーブルのミルクから作ったチーズかな?
乳脂肪分が高いチーズが使われていて、深いコクとやさしい甘さのバランスが絶妙で美味い。
「美味しいかい?」
「はい!」
問われて、俺は素直に答えた。
夢中で食べる俺を、美女がニコニコしながら眺めている。
「……あ」
パクパク食べ進めて、食べ終えてフォークを置いたとき、ふと気付いた。
俺、まだこの女性の名前を聞いてないぞ。
「御馳走様でした。失礼ですが、お名前を伺ってもよいですか? 俺はクルスといいます」
敬語はあんまり得意じゃないんだけど。
なるべく丁寧に聞いてみた。
「そういえば、名乗るのを忘れていたな。私はロティエル、この地方の領主をしている」
返ってきた答えは予想通り。
辺境伯ロティエル様、女性だったのか~。
「領主様でしたか。すみません、警備兵と間違えてしまいました」
「気にしなくてもいい。あそこで警備兵と一緒にいたら、面識のない人は間違えるからね」
勘違いを詫びたら、笑顔で許してくれた。
優雅にカップを口に運ぶロティエル様は、上品なイケメンに見える。
女傑というよりも、某歌劇団の男役みたいな男装の麗人というやつだ。
「俺をここに連れて来た理由を聞いてもいいですか?」
渡し屋を連れて来るなら依頼目的なんだろうけれど。
俺は一応聞いてみた。
「君が私の好みだからだよ」
「へ?!」
返ってきた答えに、思わず変な声出ちゃったよ。
驚く俺を見て、ロティエル様が楽しそうに笑う。
「冗談だよ」
「あ、やっぱりそうですか」
まあそうだろうと思ったよ。
初対面で好みだったからって、普通はいきなりお持ち帰りしないだろうし……(多分)。
ちょっとガッカリしたのを読まれたのか、また笑われてしまった。
「君の素直な反応を楽しむのも悪くないが、仕事の話もしておこうか」
「最初から仕事の話でもいいんですよ?」
やっぱり依頼が目的だったか。
ツッコミを入れたら、また面白そうに笑ってるけど。
「君に頼みがあると言ったら、引き受けてくれるかい?」
「内容によりますね」
ようやく真面目な顔になった男装の麗人が訊いてくる。
俺も真面目に返した。
「君ほど大規模な移動魔法が使える人はなかなかいないからね。年間契約をしたいんだが、どうだい?」
「具体的にどんなことをしますか?」
年間契約の意味は分かる。
1年毎に更新するか否かの選択があるが、問題無ければ長期に及ぶ。
「今日のような幌馬車隊の移動を、月に1度頼みたい。医薬品などは緊急の場合は君に買い出しを頼むこともある」
「報酬についても教えてもらえますか?」
言われた内容は、俺には簡単なことだった。
あとは料金かな。相場知らないけど。
「幌馬車の移動は今回は1台につき金貨10枚だが、契約をしてくれるのなら次からは15枚出してもいい」
「俺、さっき商業ギルドの登録渡し屋になったんですが、こういう個人契約は問題ないですか?」
「君が個人で仕事を請け負うことに制限は無い筈だよ」
これは派遣会社に登録をした者が、会社から紹介される以外にバイトを見つけて働いても問題無いのと同じかな。
今回の報酬でも充分過ぎる額だが、それ以上の報酬が毎月になるとか。
「では、お受けします」
「ありがとう!」
引き受ける意思を告げたら、ロティエル様が笑みを浮かべる。
それは、さっきまでの悪戯っぽいものではなく、心底ホッとしたような嬉しそうな気持ちを感じさせた。