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第82話:言霊とはフラグのことらしい

 ユガフ様は言った。

「そのうち変身したまま現実世界へ行ってしまうのではないか?」って。

 神の言葉は言霊だとかなんかの本に書いてあったっけ。

 っていうか、フラグだったんだろうな。


「来栖くん? どうしたの?」

「なんのコスプレ?! よく出来てる付け耳ね!」

「見て見て、尻尾もあるよ! フサフサ~!」


 出勤早々、パートのお姉さんたちに騒がれる俺。

 なかなかウケが良いようだ。


(……やらかした……)


 心の中で呟くも、もはやどうしようもない。

 俺は猫耳とフサフサ尻尾の黒猫獣人クルスの姿で、現実世界のドラッグストアに出勤してしまったんだ。

 服装も異世界の商店で買った物なので、西洋ファンタジー系のキャラクターみたいな短めのチュニックに腰帯にズボン(獣人用なので尻尾穴が開いている)と、バリバリのコスプレみたいになっている。

 自宅に寄っていれば、ユガフ様のツッコミで気付いた筈だけど。

 渡し屋の仕事先から直行してしまったのが運の尽きだった。


「来栖くん、髪伸びるの早くない? 付け毛?」


 御堂さんには、そんなことを聞かれるし。

 しばらく異世界に入り浸っている間に髪が10センチほど伸びて、邪魔なので後ろで1つに縛っている。

 けれど、現実世界では俺がバイト休みの2日分しか時間が経っていないんだ。

 せめてもの救いは、変人扱いされないことだろうか?


「あ~来栖くん、ちょうどいいわ」


 ホッとしたのも束の間、背後から聞こえる店長の声に、ギクッとしてしまう。

 振り向けば、特売日に店頭で子供に配る風船を持ってニコニコ笑う店長がいた。

 もう、何を頼まれるか察してしまったよ。


「これ、店頭で配ってきて」

「は、はい……」


 やっぱり、そうなるか。

 俺は苦笑しつつ、店長から風船の束を受け取って店の出入口へ向かった。


「あ~っ! 猫ちゃんだぁ!」

「○○みたい~」

「風船ちょうだい~!」


 店の外に出た途端、子供たちが群がってくる。

 怯えて逃げる子がいないから、学生バイトたちが着るクマのぬいぐるみよりもいいのかもしれない。

 むしろ着ぐるみよりも大人気で、小さい子たちが次々にハイテンションで駆け寄ってきた。

 なんかのアニメキャラらしき名前を言われたが、全く知らないぞ。

 俺はとりあえず営業スマイルを浮かべながら、子供たちに風船を渡して握手する。

 風船はあっという間に無くなった。


「うわ~ん!」

「……え?」


 最後の1つを渡し終えて店内に戻ろうとした俺は、駐車場に停められた車から聞こえる泣き声に気付いた。

 振り向いて見れば、まだ幼い女の子が車の中にいる。

 多分2歳くらい? 車内で立ち上がって窓に両手を当てて泣いていた。

 真夏の炎天下、エンジンが止まってるってことはエアコンも止まってる筈。

 泣いている女の子の頬が赤いし、中はかなり暑いんじゃないか?


(ちょ……これダメなやつだろ!)


 俺は慌てて車に駆け寄った。

 車内で号泣していた女の子が、近付いた俺に気付いて泣くのをやめた。


「大丈夫? 車から出られる?」


 声をかけると、女の子はコクンと頷く。

 それからすぐ自分で助手席のドアを開けて出てきた。

 ドアの鍵は開いていたようだ。

 女の子は自力で車から出られるのに今まで外に出なかったのは、親に「待ってろ」って言われたからだろうか。

 或いは、寝ていたので親に置いていかれたのかも。

 こんなこと、絶対やっちゃダメだ。

 熱中症も危ないけれど、自力で出られる子を車内に残していたら、外に出て事故に遭う危険もある。


「ママはどこへ行ったか分かる?」


 問いかけると、女の子は答える代わりに隣のスーパーを指差した。

 行き先を知ってるってことは、待っててと言われて置いていかれたんだな。

 女の子は車から出てきたものの、親を探しに駆け出したりはせずに立ち尽くしている。


「ママを迎えに行こうか」


 声をかけると、女の子はまたコクンと頷く。

 全然しゃべらないけど、言葉は分かるらしい。


「抱っこしようか?」


 両手を差し出したら、女の子は迷わず抱きついてきた。

 人見知りしない子かな?

 って思った直後、俺の頭についている猫耳に手を伸ばして触れたりする。

 どうやら猫好き(?)らしい。

 猫耳を撫でられたりつままれたりしつつ、俺は女の子を抱いて隣のスーパーに向かった。


「すいません、この子の保護者の方を呼び出してもらえますか?」

「あら~、迷子になっちゃった? お名前言える?」


 レジにいる店員の女性に声をかけると、女性は女の子に優しく話しかけて名前を聞く。

 女の子はやっぱりしゃべらなくて、俺に抱きついてフルフルと首を横に振った。


「迷子のお知らせです。白いブラウスにピンクのワンピースを着た2歳くらいの女の子をお預かりしております。保護者の方はレジまでお越しください」


 女性はレジ横に付いているマイクを手に取り、女の子の服装などの特徴を告げながら、店内放送で迷子のお知らせを始めた。

 女の子の母親は店内にいたらしく、慌てて走ってくる。


「すいません、うちの子です~!」

「ママ~」


 母親の声を聞き、姿を見て、女の子が呼びかける。

 今までしゃべらなかったのは、緊張していたからかもしれない。

 母親が両手を差し出すと、女の子はその腕に飛び込んでいった。


「この子、車の中で泣いてたので、連れて来てしまいました」

「あ、そうなんですね。すぐ戻るから待っててって言ったんですけど」

「暑かったみたいです。熱中症になる子が多いので、一緒に連れて行ってあげてた方がいいですよ」

「はい、すいませんお世話かけました」


 俺はなるべくやんわりと、母親に注意してみた。

 母親は女の子を抱いたままペコリと頭を下げた後、買い物の続きがあるのか店の奥へと去っていった。


「すぐ見つかって良かったですねぇ」

「事故にならなくてホッとしました~」


 母子の後ろ姿を眺めつつ、店員の女性と俺は小声で話す。

 ホッとしたところで、女性の視線が俺の頭部に向く。


「ところで来栖さん、それ似合ってますね」

「あ、ど、どうも……」


 店員さんがニッコリ笑う。

 周囲の視線がレジに集まってたのは、迷子を見てたんじゃなくて俺を見てたのか。

 俺は苦笑しつつ店を出た。


 これって俺の黒猫歴史……もとい、黒歴史になるだろうか?

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