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第21話

澄信は、侍たちに乱暴に連れ出された。迎えに来たのは、他でもない安倍芙絵だった。


あのふたりは、まだしばらく互いを苦しめ合うのだろう。

けれど、もう私の目の前に現れることはない。


私が平安京に滞在するのは一年のうちわずか。


私と澄信の決別は誰もが知るところとなり、彼や橘彰忠の消息が私の耳に届くこともなくなった。


私は心置きなくあやめを育て、失われた五年の親子の時間を埋めていった。


長光はあやめより九つ年下。あやめは妹のような存在として、長光をとても可愛がってくれていた。


長光が歩けるようになった頃、壁に手をつきながらよちよちとあやめの後をついて歩き、姉様とたどたどしく呼ぶ姿は、見ていて微笑ましいものだった。


……そんな穏やかな日々が、静かに過ぎていった。




数年後


陛下は一部の親王から封国を削減なさったが、景久の領地には一切手を付けなかった。


景久はあらかじめ奏上し、長光とあやめに自らの封国を継がせる旨を願い出ていた。二人は歳禄を受け取り、一部の実権も与えられた。


もっとも、それは彼女たちの代限りの恩寵だったが、陛下は快くこれを許された。


あやめは、私と澄信の過去を知っているがゆえに、婚姻の話を頑なに拒んだ。私は無理に勧めることはしなかった。


内親王という立場があれば、生活に困ることもない。わざわざ男に頼らずとも、心穏やかに生きていけるのだから。


一方、長光には幼なじみがいた。

まさに竹馬の友というやつで、子どもの頃から共に過ごしていた。


私はそのことに干渉しなかった。長光は、あやめと景久に愛されて育ち、思慮深くもあったが、甘やかされた部分もあり、少しの理不尽にも耐えられないところがある。


とはいえ、皇族の娘。


誰も彼女に手出しできる者などいなかった。

彼女が好意を寄せている相手、その青年に、景久も何度か会っていた。


あまり多くを語らぬ景久が、ぽつりと言った。


「……あの子は、なかなかの人物だ。」


それを聞いて、私はようやく胸を撫で下ろした。


そして、橘彰忠は二十四歳で進士に合格し、数か月後には郡司、いわば地方の知事に任命された。


その赴任の途中、彼は出雲国に立ち寄った。


ちょうど冬至だったため、礼儀として親王府の門前に賀状を届けたのだった。そのとき、あやめは彼がひとりで訪ねてきたことに胸を痛め、弟として会ってやったという。


再会の場で、彼はあやめの前で声を上げて泣き崩れた。

あとであやめが語ってくれた。


「彰忠は父・澄信に対して、相当な恨みがあるようで……だから彼には、もう顔を見せたくもないのだと。だが、その態度が不孝だと非難されているらしくて……」


だからだろう、同年の進士たちは大学寮に進んだり、都で要職を得たりしているのに、彼だけが遠方で郡司を務めている。


あやめが三歳、彰忠が一歳だったあの谷底での事故。


あのときに比べれば、今の彼の職位は低いとはいえ、まだ救いがあるのかもしれない。


あやめは少し笑って、それ以上彼のことを語らなかった。

日が暮れ、灯がともされる。


厨房では、湯気の立つ熱々の料理が用意されていた。


長光は扉を閉め、あやめの隣に腰を下ろしながら、最近の出来事を話し出した。


「彼がね、昨日腕輪を贈ってくれたの。……ねえ、これってどういう意味だと思う?」


あやめは頬杖をついて、首をかしげる。


「さあね……もしかして……」


長光は恋愛に疎く、あやめも男との接点が少ない。このふたり、きっと一日かけても答えにたどり着けないだろう。


その様子に、景久が顔をしかめた。


「恋いのあかしだよ。」


その一言に、長光はたちまち顔を真っ赤にし、視線を伏せた。


私は、堪えきれず吹き出してしまう。


夜は長く、今宵はゆっくり語らえるだろう。


……ただ、願わくば。


明日もまた、春の兆しに満ちていますように。

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