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第2話 運命の出会いなんです


 子供の時から、残念な人生でした。


 父親が転勤の多い保険会社に勤めていたせいで引越しが多く、新しい環境にすぐに馴染めなかったり、友達ができても別れなければいけなかったりした。

 物覚えが悪くてスポーツも苦手で、明るいだけが取り柄だった。

 男子にいじめられたこともあったな。私がすぐに泣くからからかうと面白いと思われたようで、押されたり転ばされたりして膝にはいつも絆創膏がついていた。

 そんなある日、彼主導のかくれんぼに誘われた。

 誰もやりたがらない鬼に指名され、私が目を閉じて10数えている隙にみんなが隠れ始めた。

 でも本当は誰も隠れていなくて。私が目を閉じたら全員家に帰ってしまっていたらしい。

 私は夕陽が目に刺さって痛くなるまでみんなを探し続けた。見つかるわけがなかったのにね。

 探し疲れた私は、一人、ブランコに乗って泣いていた。

 するとそこに年上の男の子がやってきた。


 どうしたの? いじめられたの?


 優しく尋ねられて、私は寂しさを爆発させてしまった。名前も知らないあの子に不満をぶちまけ、もうこんな辛い思いをするのはイヤだと言った。


 泣かないで。僕がなんとかしてあげる。


 男の子はそんなことを言ってくれたような気がする。

 そして、なぜかその翌日から本当に私に意地悪する子はいなくなった。みんな人が変わったみたいに優しくなって。


 でも、せっかく居心地が良くなったその学校からも転校することになってしまい──あの男の子にはそれから一度も会えなくなってしまった。


 私の人生って、いつもこんな感じ。

 上向きになると必ず失敗する。

 フワフワ飛んでいたら上からバチンとハエ叩きで叩き落とされるみたいに、必ずオチに悲しいことが待っているんだ。





 だけど、今から二年前。私が中学二年生になった頃。


 お父さんが少し偉くなって、転勤先を自分で選べるようになった。

 そこで私は強くお願いして、あの男の子がいた学校の近くに引越ししてもらうことにした。

 あの子との思い出は、私の子供時代の中で唯一素敵に輝く宝石のようなものになっていたから。


 辛いことが起きるたびに、私はあの子の優しさを思い出して頑張った。一度会っただけのあの子に恋をしていたのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。それからは、あの子を思えば思うほど、恋しさが募るようになっていった。

 またあの子に会える奇跡を夢見て、もしも会えたら絶対に運命だから、自分から積極的にアプローチしようと決めていた。


 そんなある日──運命は突然やってきた。


 中学二年の冬のことだ。

 次の授業を受ける音楽室に移動するために階段を上っていたら、上から降りてきた四人組の上級生と肩がぶつかった。

 その瞬間、運動神経のない私は「あわ、あわ……」とバランスを崩し、バク転しそうな勢いで階段から落ちかけた。 


「危ない!」


 大怪我を覚悟した私を危機から救ってくれたのは、四人のうちの一人の男子だった。彼は私の背中を片手で支え、倒れないようにしてくれた。

 もちろん、心臓はバクバク。九死に一生を拾ったんだし。それに……助けてくれたその男子が、とってもカッコ良かったから。


「大丈夫?」

「は、はい……」

「ごめんね、こっちが広がって歩いてたせいで怖い思いをさせて」


 優しい笑顔と柔らかい口調に、私はあの子の面影を彼に重ねた。

 すると彼の方も私の顔を見て何かに気づいたように言った。


「君……前にどこかで会ったことない?」


 電流が流れたようにビビッと来てしまった。

 この女子への優しさ。正義漢な振る舞い。そしてお互いに感じた既視感。

 間違いない。

 彼こそ、あの時の男の子だ──。





「おい。どこ見てんだよ」


 キレの良いナイフで喉元を突き刺すかのような鋭い声に、私はハッと現実に戻された。

 現実逃避もここまでか。

 目の前には赤い髪をした怖いヤンキーが、まだ私のことをじっと睨み続けている。

 私が本当に告白したかったあの人──木更きさらかい先輩との回想は一旦ここで終わらせて、帰ってからゆっくり浸ろう。

 ……無事に帰れたらの話ですけど。


「俺の質問にちゃんと答えろって言ってんだよ」

「し、質問? ええと……何でしたっけ」

「ああ? 聞いてなかったのか?」


 しまった。ずっと脳みそを留守にしていたせいでこの人の話を何も聞いていなかった!


「すみません……あまりにも夢のようで……どこかに吹っ飛んじゃってました」

 悪夢のようで。とは言えない。


「夢のよう……? そんなに俺のことが……?」

 野獣の目が何故かますます凶暴な光を放った。


「揶揄ってんじゃねえだろうな? 罰ゲームで告白とか、最近流行ってるだろ」

「ば、罰ゲームなんかじゃないです! 私は本当に告白したくて……」


 木更先輩に。とは言えない。

 ああ、ラブレターにちゃんと「木更」先輩と書いておけば良かった。

 名前を書くのも照れちゃって「先輩」表記だけだったから、この人も勘違いしてるのに気づいてない。

 痛恨のミス……涙が出そう。あ、本当に瞳がウルウルしてきた。


「ごめんなさい、迷惑でしたよね。あの手紙のことはもう忘れてくださ……」

「いや」


 泣きながらこのまま逃げ切ろうとした私の言葉を遮り、赤い髪が呟いた。


「面と向かって返事を聞こうとしたお前の勇気は褒められるべきだ。迷惑に思う奴がいたら俺がそいつを殴る」

「えっ?」


 私は初めてまともに佐治先輩の顔を見た。

 今まで怖くて直視できなかったけど……この人、めちゃくちゃ……



 顔赤いな!

 もしかして、照れてません⁉︎



「何見てんだよ。あんまジロジロ見んじゃねえ。心臓潰すぞ」


 俺の。

 って顔してますよね。



 もしかしてこの人、さっきからずっと私の告白にドキドキしていたのでは……?




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