妙な雰囲気の風に包まれたまま、私たちは微妙に視線を交わしたり逸らしたりした。
「お前、名前は?」
「お……
「夢乃、か」
可愛い名前だな、とボソッと呟く声が聞こえた。
もしかしてこの人、もう結構私にやられてませんか?
怖くて聞けないけども。
嫌な予感がした、その時だ。
「お前の気持ちはよく分かった。しょうがねえから付き合ってやる」
「……えっ?」
照れくさそうにボソッと佐治先輩が言った。
「今日からお前は俺の女だ。分かったな」
私はポカンと口を開けた。
はい? 今日から私は……何ですと?
「えっ……ええええええーーーーっ⁉︎」
彼の言葉を反芻し理解した私は、思わず白目を剥きそうになった。
告白、成功した! いや、大失敗じゃないのかこれ。
そんな私にすかさず野獣の目が光る。
「なんか文句でもあんのか?」
「い、いえ……何でもありません……嬉しすぎて、信じられないといいますか……」
ガタガタ震えながら、私は心と裏腹なことを言った。
正直に言ったら殺されてしまう。
この若さで死ぬのはさすがに嫌だ。でも。
「ああ……嬉しくて、涙が……」
驚きと、絶望と、悲しみと……遠ざかる思い出の影。
木更先輩のあの笑顔に、こんな形でさよならしなきゃいけないなんて。
私のドジ。
バカ。アホ。おたんこなす。
「うっ……うっ……」
堪えきれず、私の頬を熱い涙が伝っていった。
「な、泣くんじゃねえよ! こんなことで──」
「は、はい……ごめんなさい」
佐治先輩が赤くなって睨む。
私だって泣きたくないけど……。
やだ、どうしよう。涙が止まらない。
我慢すればするほど胸が苦しい。
すると──未使用のポケットティッシュが、回線の混んでるインターネットみたいな速度でプルプルしながら私のエリア内に侵入してきた。
ティッシュの差出人は真っ赤な顔を横に向けながら、精一杯の威厳を保とうとするかのように片手をズボンに突っ込んでいた。
「俺は女の涙が苦手だ。泣くな」
「あ……はい……」
私はティッシュを受け取り、そっとミシン目の点線を破ってティッシュを引き出した。
この人がこんなものを持ち歩いているなんて意外。
それに……意外と優しい。
毎日喧嘩に明け暮れている乱暴者だとばかり思っていたのに。
「そのティッシュは返さなくていい」
それは素直に嬉しかった。
「ありがとうございます」
ティッシュのおかげで涙は綺麗に拭き取れた。
この人、案外いい人かも……。
ちょっと気持ちが落ち着いた私は、ありがたくいただいたティッシュを制服のポケットに収めようとした。
でも大きさが微妙なのか、うまく入らない。
モタモタしているうちに、ティッシュがぴょこんと飛び跳ねて屋上の床に落ちた。
「あっ」
しまった、私ってばまたドジを。
「!」
すると、その落ちたティッシュを見て、赤い髪がものすごい勢いでそれを拾い上げた。そのまま握り潰しちゃったんじゃないかと思える勢いだった。
「やっぱこれ返せ!」
「は、はい! ごめんなさい!」
どうしたんですか、いきなり。やっぱり怖いよ! 怒り出すスイッチが分からない!
ドキドキしていると、佐治先輩はやや青ざめた顔をして私をチラリと見た。
「……見えたか」
「えっ? 何がですか?」
「……違うんだ、これは。ドラッグストアの前を歩いていたらティッシュ配りの男にいきなり渡されたのをたまたまポケットに入れていただけで……!」
「あの……さっきからなんのお話を?」
急に焦り出した赤髪の彼をおそるおそる見つめる。
そういえば、さっき落ちたティッシュ。
裏面が一瞬見えたんだけど、女の人の裸の写真が印刷されたチラシのようなものが挟まっていたような……。
「誤解だからな! 俺はそういうんじゃねえから!」
彼は真っ赤な顔をして私を睨んだ。
「女ができたからってエロいことしようとか一切考えてねえし、お前が嫌がることなんか絶対にしねえから! もう二度と泣かさねえようにめちゃくちゃ大事にするし、優しくするように心がける……!」
テンパった彼は一気にそう捲し立てたあと、一瞬の間をおいて鬼のような顔で私に向かって吼えた。
「……恥ずかしいことを言わせるな!」
「は、はいっ! ごめんなさい!」
え。今の、私のせい?
腑に落ちぬ。