私はその後、意外といい人の疑惑がついた佐治竜也先輩と一緒に帰ることになった。
「じゃ……帰るぞ」
「あ、はい。さようなら──」
「そうじゃなくて」
手を振る私を、彼がギロリと睨む。
「い、一緒に帰るぞって言ってんだよ。俺たち付き合うことになったんだから……そのくらい当然だろ」
「ええっ⁉︎」
「嫌なのか」
「い、いや……じゃないです」
無理やりというか、脅されてというか。流れ的に断れなくて。
私はこの状況に早くも慣れてしまったみたいで、睨まれてもあんまり怖くなくなっていた。
まあ、ちょっと理不尽だなとは思うけど。
それに……。
──女ができたからってエロいことしようとか一切考えてねえし、お前が嫌がることなんか絶対にしねえから! もう二度と泣かさねえようにめちゃくちゃ大事にするし、優しくするように心がける……!
さっきの言葉、ちょっと嬉しかった。
信じていいのかな。
本当に大事にしてくれるのかな……?
半信半疑だけど、今は信じよう。彼の背中を追うように三歩後ろから歩いていく。
気分は、舎弟。
帝王の配下。社長秘書。暴君に従う従順な
なんか、こういうお話書けそう。
「おい」
「はい」
100メートルくらい無言で付き従っていた私を振り向き、暴君が言う。
「話しかけにくい。隣を歩け」
「は、はいっ」
仰せのままに!
って、こういうノリならなんとかついていけるかな?
思考を明るく転換していかないと、新しい環境ではうまくやっていけない。これは私が今までの人生で身につけた処世術だ。
運動部が走り回っている校庭を横目に、青春さよならと呟きながら校門へと向かう。
途中、在校生に二度見されたりヒソヒソ言われたりしたけど全部シャットアウトで見えないフリ、聞こえないフリ。
鈍感力って大事だよね。
周りの目がどうとか気にしている場合じゃないもん。隣の人の機嫌を損ねないようにすることの方が今は大事。
私の生死を左右する一番のポイントは、そこなんだから。
お付き合いをすると言っても、どうせ一時的なことだと思う。
住む世界が違うんだもの。
私みたいな一般人とヤンキーのこの人が一緒にいられる世界線なんてどこにもない。
そのうちにきっと自然消滅する。
それを願うしかない。
校門を出てしばらくして、辺りに人がいなくなった。
すると、それまで無言だった赤い髪がやっと口を開いた。
「ゆ……夢乃」
ゆめの?
あっ、私の名前か。夢の話でもするのかと思った。
男子から下の名前で呼ばれる経験は今までなかったからドキッとしてしまう。
「は、はい」
「夢乃って……呼んでいいか」
目を合わせず、彼が言う。
確認するんだ。そして許可取っちゃう? ヤンキーなのに?
やだな、ちょっと可愛いと思っちゃう自分がいる。
「はい……佐治先輩」
「俺のことは、竜也でいい」
「タツヤ……」
私が呟くと、彼はみるみる赤くなっていった。
そんなに照れられると、私の方も頬が熱くなってきちゃう!
「あの、呼び捨てはさすがに失礼なので……竜也さんとかじゃダメですか?」
「舎弟かよ」
佐治先輩はどこか不満げだ。きっと子分たちにそう呼ばれ慣れているんだろう。
恋人らしい特別感が欲しいのかな。その気持ちはちょっと分かる。
くん呼びにしたってそんなに変わらないし、ここは思い切った変革が必要か。
「じゃあ……たっくんとか」
「あ”あっ⁉︎」
「ひえええっ、じょ、冗談ですっ、冗談でえす! ごめんなさい!」
間髪入れずに全力鬼睨みしてきた赤髪ヤンキーにビビり、私は両手を合わせて謝った。
屈辱に耐えているのか、彼の頬の筋肉がピクピク動いてる。
たっくんはさすがにフランクすぎたよね。
どうしよう。今度こそ本当に怒らせちゃったかも⁉︎
ハラハラしていると、彼はさっきより一層赤くなってプイと横を向いた。
「お前がそう呼びたいなら……好きにしろ」
コメツブみたいなちっちゃい声で、彼が言う。
「えっ。いいんですか……?」
「好きにしろって言ってんだろ」
いいんだ。
あー、びっくりした……。
これじゃ心臓がいくつあっても足りないよ。早く家に帰りたい。