「ゆ……夢乃の家は遠いのか?」
たっくん(もう、そう呼んでしまおう……)は車道側を歩きながらそう尋ねた。
「電車で二駅です」
「……俺もそのくらいだ」
彼はそう言って、駅の方角に歩を進める。
駅まで送ってくれる気かな。それとも、家まで?
家を知られるのはちょっと怖いから、駅でバイバイしようと思う。
本当だったら今頃、隣にいたのは木更先輩だったかもしれないのにな。
そっと隣を見上げてみる。
髪、赤いなー。
見事に赤い。彼岸花みたい。これは目立つよ。でも……。
赤い髪に印象がごっそり持っていかれがちだけど、よく見るとこの人、なかなかの美人だ。
獣のように鋭く見えた瞳は切れ長の奥二重でやや目尻が吊り上がり気味。凛とした男らしさを感じる。
形のいい鼻に、薄めの唇。どっちもクールな印象でかっこいい。
髪の色がまともですぐに睨みを効かす癖さえどうにかすれば、ファンがつきそうな容姿だと言える。
なんで不良なんかしているんだろう。
「何見てんだよ」
分度器で測ったようにピタッとした横顔で、たっくんが言う。
「ごめんなさい、綺麗だなと思って……」
「は⁉︎ 何が」
「その……赤い髪が……似合うなと思って、見惚れてしまいました」
すると、たっくんは喉にお餅を詰まらせたような顔をした。
「ば──バカなこと言ってんじゃねえ! そんな見え見えの世辞を言ったって、何も出ねえぞ!」
いえ、出てますよ。顔から湯気が。
基礎代謝が高いのかもしれない。太りにくくていいことだ。羨ましい。
じっと見つめていると、たっくんの頬も耳も首筋もほんのりと真っ赤になっていくのが分かった。
女の子に慣れていない……のかな?
こんなオラオラな見た目をしているのに。
最強ヤンキー佐治竜也は女に弱い。
これは意外な弱点発見かも!
よし、こうなったら……必殺、誉め殺し作戦だ!
「お世辞じゃないですよ。本当にカッコいいです」
「だから、やめろ! そういうこと言うの──」
たっくんは横を向いて嫌がっている。私の攻撃が効いている!
「お顔も素敵です。あ、足も長くて素敵です。ツンツンした態度がキュンです。私なんかにはもったいないくらい、全身カッコいいです!」
さあ、どうするたっくん⁉︎
「黙れ。お前こそ……か、か、かわ……」
「かわ?」
「うるせえ、何でもねえ!」
吠える時だけこっち向く。
何となく、パターンが読めてきた。
魔王・佐治竜也の攻撃パターンさえ読めれば、かわすのはそんなに難しくなさそう。とにかくヒットポイントをためて、温存して、ヒットアンドアウェイ攻撃で地道に相手の力を削っていこう。
味方だと思っていた相手から寝首をかかれるなんて、まさしく覇道を極めた織田信長の如し。このままうまく油断させて、本能寺で敦盛を舞ってもらいましょう!
なんて言ってるうちに駅が見えてきた。
「それじゃ、ここで。送ってくれてありがとうございました!」
「あ、待て!」
呼び止められたけど、ダッシュで逃げ出す。
これ以上一緒にいるのは無理。
緊張するし、気を使うし、何より怖いし!
駅に飛び込んで、そのままの勢いで電車に乗り込む。
夕方のラッシュアワーでどの車両も満員だ。私が飛び込んだ時にはもう扉が閉まるかどうか不安なくらい密集していた。
これならもう後から乗り込んでくるのは無理でしょう。
扉が閉まる。やれやれ、助かった!
と思ったら、再び開いた。どこかで誰かが駆け込み乗車でもしたのかな。
迷惑なことだ。
「……おい」
ん?
背後から低い声。
すると何故か、私の前に立っていた人々がぎゅっと奥に詰まって、人が三人立てるくらいのスペースが空いた。
まさか。
おそるおそる振り向くと、見た事のある赤い髪が私の隣に乗り込んできた。
「勝手に俺から離れんじゃねえよ」
魔王、ふたたび。
恐怖は続くよ、どこまでも!