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第6話 魔王の城へようこそ


 ああ……たすけて。おしっこチビっちゃう。


「てめー、なんで俺から逃げた。あ”あ”?」

「ごめんなさい……逃げるつもりなんて、なかったんです……」


 走り始めた満員電車の中で、何故かぽっかり空いたスペースにレッドヘアーデビルこと佐治竜也から至近距離で睨まれる私。

 おかしいな。もう人が乗れるはずなかったくらい混んでたのに、どうして?

 乗車率120パーセントだったのに、私の周りだけ80パーセントになってるの、何でだろう⁉︎


「やっぱりお前、俺のこと好きじゃなかったんだろ」

 この世の終わりかと思うくらいの恐ろしい顔が近づく。


「そ、そんなことありませんっ」

「じゃあ何で」


「好き……! だから──」


 私は咄嗟にそう叫んでいた。


「たっくんのことが好きすぎて、好きすぎて……二人きりだと緊張しちゃって……どうしたらいいか分からなくて、つい逃げ出しちゃったんです……!」


 私の魂の叫びを聞いて、たっくんの瞳が驚きの色に変わった。


「たっくんが、ほんとに死ぬほど大好きなんですぅ……! お願いだから、信じてくださぁい……っ」

「くっ……」


 すると突然、たっくんは私の背後にあった電車の窓を思い切り殴った。


 ガン! とすごい音がして電車が揺れた。


 今の、ひび割れてません⁉︎ 大丈夫かこの電車。ごめん、耐えて!

 周りはみんな恐怖に怯え、座席に座っている人まで最大に押し詰まった状態になった。


 人々を恐怖のどん底に叩き落とした本人は、窓を殴った拳を震わせ、苦悶に満ちた表情で呟く。



「くそったれが……可愛いこと言いやがって……」



 き……効いた──!!

 私の泣きの一言が、どうやら魔王にクリティカルヒットした模様です!



 ホッとした瞬間、電車が大きく揺れた。

「キャッ」

 バランスを崩した私を支えるように、体の両側に腕が突き立てられた。


「大丈夫か、夢乃」


 私を挟んで壁に腕立て伏せをするような姿勢のたっくんと至近距離で目が合った。



 顔が近い……。

 ええええ、待って! この体勢、ドキドキするー!!!




「はわ……はひぃ。だいじょーぶでえす……」


 呂律がまわんなくてごめんなさい。恐怖で頭がおかしくなってしまいました。

 いつ失神してもおかしくないけど、ここで倒れたらまた厄介なことになるので踏ん張っております!


『見上げれば、ほらすぐそこに、佐治竜也。』

 17音で一句読んでしまった。そんな場合じゃないのに。


 一つだけ救いだったのは、たっくんが私から完全に目を逸らしてくれていたことだ。

 皮膚の見えているところを全部真っ赤に染めながら、恥ずかしさに耐えつつ、私には指一本触れないぞという気概を感じる。


 守られている……気がする。

 ちょっぴり、かっこいい……気がする。


 距離のせいかもしれないけど、さっきからドキドキが止まらない。

 その胸の高鳴りは、怖さとはちょっと違う音に聞こえた。




 やがて電車は最寄駅に到着した。

 たった二駅だから貼り付けにされていたのは五分程度の時間だったと思うけど、まるで一時間くらいそうされていたような疲労があった。


「あ、あの……私はここで降りますね。どうもありがとうございました」

「俺もこの駅だ」

「えっ、そうなんですか?」


 またまた、一緒に駅の改札を潜る。


 どこまでついて来るつもりなんだろう。

 さっきよりはそんなに嫌じゃないと思える。だけど、家バレだけは絶対にしたくない!

 意外といい人かもしれないけど、悪い人がちょっとだけ見せる優しさって通常の10倍くらいは補正がかかっていると思うし!

 家がバレた途端、ストーカーみたいになって、親がいない時間を把握されて、寝込みを襲われたり……あるかもしれない!


「あ、あのう……」

「何だ」


 ギン! と睨まれて、私はちょっぴり竦みながら必死に微笑んだ。


「たっくんのお家って、この近くなんですか?」


 こうなったら、相手の家を逆に把握して、こっちは全然別の方角だとニセの情報を流して撹乱させる作戦を決行する。

 ごめんね、たっくん。これもあなたから身を守るための防衛策だから。


 するとたっくんは前方にそびえる三階建てのアパートを指差した。


「あそこ」


 私は絶句した。

 ……ちょっと待って。

 あのアパート、私も住んでるんですけど!!



「同じ階だよな。たまに見かけた」



 しかも、まさかの超ご近所さんでした。



「ひえええ〜? すっごい偶然ですねっ! あは、あは、あは……」


 知らなかった……。

 二年間住んでたこのアパートがまさか魔王の住む城だったとは……。

 いつの間にか、家族ごと魔王に囚われていたとは!

 もう逃げられない。

 私って、どこまで運が悪いんだろう。



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