ズンチャッチャ、ズンチャッチャ、ズンチャッチャ、……と。
心が弾むような軽やかなワルツが流れている。
広いダンスホールには華やかで美しいドレスを身に纏った美女たちがあちらこちらで談笑している。
大きなガラスの窓の外には紫の夜空と欠けた月。
今日はお城の舞踏会。
辺境にいるけど一応貴族出身の私にもギリ招待状が届いたから、いそいそと出かけてきたけれど……周りの美女たちの大胆かつセクシーかつ派手派手なドレスと比べたら私のドレスはまるで幼稚園児のお遊戯会の衣装みたいで、いつの間にか壁の方へ壁の方へと下がっていた。
こんなに後ろの方にいたら、王子様が見つけてくれるはずがない。
「見て、あの子。場違いなドレスを着ちゃって。イモね、イモ!」
「貧乏たらしいわね。早く帰った方が身のためなのに」
うう。王子様の取り巻きの美女たちの辛辣な視線と心の声がチクチク私の胸に刺さる。
これでも精一杯着飾ってきたのに。
やっぱり帰らなきゃダメ?
俯いて悩んでいた時、私の視界に男の人の大きな手のひらがスッと差し込まれた。
「踊っていただけますか?」
この手は、もしかして……!
弾かれたように顔を上げると、そこには黒いタキシードに黒いマント、マスクで目元を隠した素敵な殿方がいた。
「王子様……?」
彼はただ微笑んで、強引に私の手を掴み、ホールの中心に私を連れ出す。
優雅なステップ。気品漂う身のこなし。イモな私でさえ彼と踊ればホール中の羨望の眼差しを集める存在に。
ああ、素敵です、王子様。
私ももうマスクからチラチラ覗く彼の真っ赤な瞳の虜になって、彼しか見えなくなっていた。
……って、ちょっと待って。
確か、王子様の瞳の色って涼やかなアイスブルーじゃなかったっけ?
「あ、あの……あなたは……どなた?」
私が呟いたその直後、ダンスホールの入り口がダーン! と勢いよく開いて、木更先輩そっくりの王子様と兵士たちが飛び込んできた。
「貴様、魔王だな⁉︎ 一体どこから我が城に入り込んだ!」
彼らが剣先を向けているのは、私のダンス相手だった。
えええっ、えええっ⁉︎
魔王って、どういうことですか⁉︎
「くくく……バレたらしょうがねえ」
私のダンス相手は装着していた仮面を天井に向かって投げた。
煌びやかなシャンデリアに見惚れた一瞬、私の体は気がつけば彼にお姫様抱っこされていた!
「この女は気に入った。俺がもらっていく」
真っ赤な瞳と真っ赤な髪の魔王は、佐治竜也そっくりの顔でそう言った。
「た、たっくん!」
「今日からお前は俺の女だ。分かったな?」
「い、嫌ですっ! 助けて、王子様〜!」
泣き叫ぶ私を攫って窓から脱出する魔王、たっくん。その背中にはコウモリの羽がついていて、私を抱いたまま夜空へ飛び去る。
「夢乃姫! 必ず僕が助けに行きます!」
バルコニーから叫ぶ木更王子。
「王子様〜! もう、放して! 王子様のところに帰してよっ!」
「ダメだ。お前はあいつには渡さない」
暴れる私を嘲笑う、赤い瞳が迫る。
「お前はずっと俺のものだ、夢乃」
唇が迫る。重なる。激しく奪われる。
ぃやあ……だめぇ……らめらってばぁ……たっくん……。
「だめえ〜」
ゴン、と頭が床とキスをした。
ベッドから転がり落ちて頭から着地したみたい。
「いたた……最悪な夢見た……」
たっくん、キス上手だった。いや、したことないし、夢だけど。
夢にまで出てきて私を翻弄する魔王、許すまじ。
あんな夢を見てしまってごめんなさい、木更先輩!
私は木更先輩の写真に土下座で謝った。
時計の針は5時45分を指している。こんなに早起きしたの、初めてかもしれない。いつもより一時間以上早い。
二度寝しようかなと思って立ち上がると、窓の下でガチャンと鉄の音が聞こえた。
それは、共有の自転車置き場の方からだった。
何気なく窓の下を覗いてみると、黒いパーカーのフードをかぶった人が自転車置き場から戻ってくるのが見えた。
フードの下からチラッとはみ出しているのは赤い髪の一部だ。
「たっくん……?」
こんな朝方から何をしていたんだろう。両手はパーカーのポケットに隠すように入れている。なんだかすごく怪しい雰囲気だ。
そういえば……。
たっくんってあんなに目立つ髪なのに、今まで朝も夜も見かけたことがなかった。
どこかに出かけていたのかな。でも、こんな時間からどこに?
いや、もしかして朝帰りかも……?
一晩中、夜の街を徘徊していたのかも?
やっぱり怖い。魔王だ。
たっくんを怒らせたらヤバいっていう話は誰もが知っている。
私が入学する前のことらしいけど、たっくんが一年の頃に当時三年だった先輩に絡まれ、その人をボコボコにしてしまった──とか。
それから周辺の高校の不良という不良に目をつけられて喧嘩を挑まれたけど全部返り討ちにした──とか。
あまりにも強かったたっくんをついに大人の怖いお兄さんがどこかに連れて行き──その後その人の行方は分からなくなった──とか。
たっくんが一声発すればたちまち百人を超える兵隊が現れるけど、いつもは孤独を好んでいて側には誰も近寄らせない──のだとか。
本当なのか嘘なのか分からないけど、それらが佐治竜也の語り継がれている伝説だ。
そんな人がどうして辺境貴族出身のイモ娘みたいな私と付き合うつもりになったんだろう……。
魔王を倒すためにはもっと魔王のことを知らなければならない。
彼はどんな食べ物が好きで、どんな音楽を聴いて、暇な時に何をして過ごしているのか。
趣味が合わないっていうのはきっと別れる原因になると思うし!
今度会ったらいろいろ質問してみよう。
私は手帳を出してたっくんへ質問したいことを箇条書きにした。