朝の七時半。
早起きしすぎた後、メモなんか書いていたおかげで私の頭はすっかり冴えてしまった。二度寝もできなくなったから仕方なくさっさと支度をして早めに家を出ることにした。
「行ってきまーす」
「あら、早いのね。何かあったの?」
「ううん。別に」
お母さんは珍しく早起きした私を驚きのまなこで見ていた。
お母さんは基本主婦として普段から家にいて、在宅ワークで空き時間にライターの仕事をしている。キーボードばかり叩いているから肩こりがひどいのが通年の悩みだ。
「あ、そうだ。そういえば、お母さん。うちの隣の隣に赤い髪の高校生が住んでるの、知ってた?」
家にいる時間の長いお母さんならたっくんのことを知ってるかもしれないと思って尋ねたら、
「ああ、佐治さんの家の子ね。知ってるわよ。イケメンよね!」
とびっくりするような感想を言われた。
「い、イケメン? でもあんな髪の色で怖くない?」
「そう? あの子好青年よ。顔を見るとちゃんとペコっと頭を下げて挨拶してくれるもの」
「そ、そうなの⁉︎」
どういうことだ。最強ヤンキーが平凡主婦に敬意の挨拶を?
「昔、ビジュアル系バンドの追っかけしてたことがあるんだけど、ああいう見た目の人ほど実はいい人が多いのよ〜」
「お母さん、ビジュアル系バンドの追っかけしてたの? っていうかビジュアル系って何⁉︎」
「ググれ」
もっともだ。あとで調べておこうと思う。
「それで、佐治くんがどうかしたの?」
「う、ううん。昨日初めて見たから、びっくりして。こんな人、近くに住んでたんだ〜って」
「そりゃああんたの不注意ね。いつも遅刻ギリギリで家を飛び出して、帰りも適当にフラフラしてるから会わないのよ」
やべ。ブーメラン来た。
「じゃあ佐治……くんはいつも決まった時間に家を出てるの? 帰りも?」
「さあ。私も忙しいからチェックしてないけど。何? やけに佐治くんのこと知りたがるね。もしかして、一目惚れ? 木更先輩はどうしたの?」
「そんなんじゃないし! うるさいな、もう! 行ってきます!」
いやらしそうな目をしたお母さんからの追及を逃れるため、私は慌てて家を飛び出した。
私がたっくんに一目惚れだなんてとんでもない勘違いだ。
できればずっと目に映らなければいいと思っている。
思っているけど……やっぱり目立つなあ。
アパートの階段の下で見つけてしまった赤い髪。もしや待ち伏せされている?
無視して通り過ぎるわけにもいかないから、私は仕方なく声をかけた。
「お、おはようございます」
「あ”あ?」
なぜ睨む。ヤダよう、こんなイキった彼氏。
「あの……もしかして、私のこと待っててくれました?」
ビクビクしながら作り笑顔で尋ねると、たっくんの頬が瞬間的に赤くなった。
「待ってちゃ悪いのか」
「わ、悪くありませえん、嬉しいですっ!」
だからいちいち睨まないでください。心臓に悪い。
今日のたっくん、目が血走ってて昨日より怖いし。
それに、よく見ると目の下にクマが二匹いる。
なんか危ない薬物でもやってたりするんじゃないかなあ。怖いよう。
「何見てんだよ」
私の視線にたっくんが噛み付く。
「あの……目の下にクマがありますけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫か、だと?」
「ひええ! ごめんなさい、ちょっと気になっただけです!」
私が謝ると、たっくんは顔から湯気を出し、プイッと横を向いた。
「……そんなに心配すんな。一晩中寝れなかっただけだ……」
「一晩中⁉︎ 徹夜したんですか? どうして?」
「うるせえな! そんなの……嬉しかったからに決まってるだろ……」
「え? ちょっと途中からよく聞き取れなかったんですけど」
「うるせえって言ってんだろ! いいから、行くぞ!」
「は、はいっ」
歩き出したたっくんに、私は怯えながらついていった。
急に怒り出すからまだ怖い。
一晩中起きて何していたんだろう。やっぱり夜の街に繰り出して、狂乱の宴でも開いていたのかな。
想像するだけで恐ろしい。