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第10話 俺のこと嫌いになるな

「そうだ、私たっくんに聞きたいことがいっぱいあるんですけど、質問してもいいですか?」


 空気を変えようと思って、私は質問を書き留めた手帳を通学バッグから取り出した。


「質問? 何だ」

「えっと……」


 まずは当たり障りのないところから聞いてみよう。


「質問その1。目玉焼きはしょうゆ派ですか、それともソース派ですか?」

「はあ⁉︎ どんな質問かと思ったらそんなことか。しょうゆに決まってんだろ」


 答えてくれるんだ。

 思わず脳内でツッコミ。


「うーん、残念。私もしょうゆです!」

「何で残念なんだよ」

「第二問! ペットは犬派ですか、それとも猫派ですか?」

「さっきからくだらねえことばっか聞きやがって。猫一択だ」

「ええ〜! ヤバい、気が合っちゃいますね。私も猫です……」


 趣味が合っちゃダメなのに。

 次はどれを聞こうか悩んでいると、たっくんが私の手帳をチラッと見た。


「それ……全部俺への質問か」

「えっ? は、はい!」


 明け方の冴えまくった頭で次々と書いていったら手帳の片面が黒く塗りつぶしたようになってしまっていた。

 字が汚いから見られると恥ずかしい。私は手帳を閉じて、もじもじした。


「たっくんのことが、もっと知りたくて……たっくんのこと考えながらいっぱい書いちゃいました」

「くっ……!」


 たっくんはそばにあった電柱にいきなり頭突きをした。ゴン! ってすごい音が鳴り響き、電線に止まっていたスズメが一斉に逃げ出す。

 って、えええっ⁉︎ 


「な、何やってるんですか、たっくん! 大丈夫ですか⁉︎」


 電柱。壊れてない? 停電になったりしない? うちのアパートにも電力を届けてくれてる電柱だったとしたら超心配!


「いったいどうしたんですか?」

「てめーのせいだからな、夢乃」

「えええっ?」


 歩きながらいきなり電柱に頭突きする人の心理なんて、私には全然分からないよ! そんな人に出会ったことないもん。

 こんなにそばにいてドキドキする人もいない。


「ごめんなさい、質問がウザかったですか?」

「いや……お前が興味持ってくれたのは、嬉しい………………とか恥ずかしいこと言わせんな!」

「えええっ? ご、ごめんなさいっ」


 何で怒られたんだろう。恐怖でもうわけがわかんない。



 怖そうな割には私の質問にちゃんと答えてくれるたっくんに着ているパジャマの色まで聞いたところで、私は思った。


 そろそろ、深入りした質問をしてみようかな。


「あ……あの……」

「なんだ」


 モジモジする私をギラギラに血走った瞳が捕らえる。ここでビビっちゃダメだ。思い切って見つめ返す。


「たっくんはいつも何をしているんですか?」

「あ”あ?」

「えーと、趣味とか! 毎日やっても飽きないほど好きなこと、何ですか?」

「好きなこと……」


 たっくんは二、三秒考えてから答えた。


「……殴り合い?」


 ああ、やっぱり! それは聞かなくても分かっていたかもしれない。


「他には……?」

「筋トレ」

「えーと、もしかしてそれは……殴り合うためにですか?」

「まあな」


 当然と言いたげな顔で頷くたっくん。躊躇いがなさすぎて震えるよ。


「どんなにボロボロになっても最後まで立ってる奴が強いんだ。だから倒れないように足腰鍛えてる」

「へ、へえ〜。さすがです! 基本が大事ですもんね!」


 こわー! 喧嘩のために体まで鍛えてるよ、この人。


「昨日も連続で十人倒した」

「昨日⁉︎ 私と一緒に帰った後ですか?」

「毎日の日課だからな」


 こわー! 日課で喧嘩しないでください。やっぱり近寄りたくない。


「す、すごいですね! でも私、殴り合いする人はちょっと怖い、かな……はは」

 私はほんのちょっとだけたっくんから距離を取った。

 するとたっくんは。



「夢乃は……人を殴る奴は嫌いか?」



 急に子犬のような瞳になって、私に聞いた。



 ズキュ。

 胸に刺さりかけた矢をギリギリで止める。


 いやいやいやいや、普通に嫌いでしょ! ズキュって何!

 ずるいよ、たっくん。急にそんなしおらしい顔つきにならないで!

 そんな顔されても、無理なものは無理だから!


 私は勇気を出して、首を縦に振った。



「はい。どんな理由があろうと、人を傷つける人は……ちょっと無理っていうか……」



 言っちゃったー!

 大丈夫か、私。殺されたりしない?

 かなり心臓がバクバクした。けど、本当に無理だし。

 これでテメーとはお別れだって言われた方が、いいよね……。

 そう思った時だった。



「分かった。もう殴り合いはやめる」



 たっくんが真っ直ぐな瞳で呟いた。



「えっ?」

 私はびっくりしてたっくんの横顔を見つめた。


「今、なんて?」

「お前が怖がるなら、もう殴んねえよ」


 たっくんは真剣な顔つきで振り向いて、そう言った。

 いつも私と目が合うとすぐ真っ赤になっていたのに……なんか、キリッとしていて男らしい。


 ズキュ。


 いやいや、待って。人を殴らないって言ってるだけだよ、この人。ズキュ。じゃない。

 殴らないのは人として当然のことだからね⁉︎


 私はドキドキしながら探るようにたっくんを上目遣いに見た。


「ほ……本当ですか? 本当に人と殴り合いの喧嘩はしないって、約束してくれます?」

「ああ。喧嘩はやめる」

「本当に? たっくんの趣味なのに?」

「しつけえな。本当にやめるって言ってんだよ!」


 たっくんはとうとう赤くなり、プイッと横を向いた。



 あれ?

 もしかして私、魔王に勝った……? 武器を奪い取って降伏させたーっ!

 バンザーイ! 三唱!


 脳内でボックスステップをルンルンで踊りかけた時だった。



「だから……俺のこと嫌いになるな」



 ちょっぴり離れた二人の隙間を埋めるように、たっくんの手が私の肘をつまんでたっくんの方に引き寄せた。

 真っ赤な髪がサラッと私の目の前で揺れて、私の心臓がドキッと音を鳴らした。






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