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第11話 たっくんの黒い噂


 気がつくと、意識が飛んでた。


「おーい、大丈夫か⁉︎ 夢っちー!」


 教室にはいつもより二十分以上早く着いた。だけどその後、私はただボーッと椅子に座って、魂が抜けていたらしい。

 友達のちーちゃんとカナちゃんがそんな状態の私を見つけて、すぐに駆け寄ってきてくれた。


「あ、ちーちゃんとカナちゃん……おはよう……」

「ああ良かった、生きてたか夢っち!」


 二人は左右から私をハグしてくれた。二人とも同じ中学出身で、中二で私が引っ越してきた頃からの親友だ。

 ちなみに、私が木更先輩へラブレターを出そうと決めたのも二人の後押しがあったから。

 二人は最近、私より先に彼氏ができたばかりだった。だから次は夢っちだよ! と急かされ、あんまり時間が経つと先輩に忘れられちゃうかもしれないと私も焦り、あの手紙を書いた……という経緯があったのを思い出す。


「昨日の告白、やっぱダメだったの?」

「うん……いや、うん……」


 説明が難しい。っていうか、やっぱって何だ。


「木更先輩には告白できなかった……」

「怖気づいちゃったか。まあ無理もないよ。相手はあの木更先輩だもんね」

「ごめんね。あたしらもさー、ちょっとテンション上がっちゃってイケイケー! みたいなノリで手紙書かせたけどさー、よく考えるとハードル高すぎたよね。相手は学園の王子様! みたいな人だもんね」


 二人は同情を帯びた瞳で私を見つめた。


 そう。二人の言う通り、高校生になった木更先輩は私が恋をしていた中学時代よりさらにカッコ良くなっていて──今では誰もが振り向く学園のアイドルになっていた。その人気の高さで生徒会長もやっているほどの、雲の上の人。

 元々手が届く存在じゃないのは半分分かっていたから、玉砕するのは覚悟の上だった。


 だけど。

「違うの……」


 今、私の頭を悩ませているのは、木更先輩じゃない。

 目を閉じると浮かぶ、赤い髪。


 ──だから……俺のこと嫌いになるな。


 一瞬近づいた真剣な眼差し。すぐに照れて、私の肘から離れた指先。

 どうしよう。

 今朝、あんなことを言われてからずっと、たっくんのことが気になっちゃってる。

 あんなに怖い人なのに、私にはめちゃくちゃ優しくて……私が嫌だって言っただけで、自分の趣味まで変えると約束してくれた。

 本当かどうかは分からないけど、嘘をついているようには見えなくて。


 たっくんにしたくだらない質問も全部答えてくれたっけ。私の好みに半分以上は軽く合致していて、相性も良さそうだったなあ。

 よく見ると顔もかっこいいし……。


 でも、でも、私には木更先輩という人が……。


「うわーん、どうしよう〜!」

「まだ悩んでるの? 告白する勇気がないならスッパリあきらめちゃいな! なんなら私が新しい彼氏候補を探してあげるよ」

「いや、ムリ! そんなことしたら殺されちゃう!」


 二人は目を丸くして視線を交わした。


「殺されるって、誰に?」

「う、ううん、何でもない。自分のコイゴコロが……他の人に消されちゃうのは嫌だな〜って……」

「夢っちは一途な恋する乙女だもんね」



 二人には言えない。

 昨日の私の大失敗からの、今の複雑な乙女心の話なんて。

 本当のことを言ったらきっと、


「絶対やめときな! 今すぐ別れなよ!」


 って言われるのは目に見えている。

 私だって昨日はそう思っていた。だけど今は何だか本気で迷う──。



「そういえばさ、今朝も例のやつ出たのかな」

「ヤバいよね、あの電車。マジ怖い」


 電車?

 急に話題が変わったと思ったら、気になるワードが出てきた。

 首を傾げて二人に尋ねる。


「電車で何か出たの? ゴキブリ?」

「違うよ、夢っち。痴漢だよ、痴漢」

「痴漢⁉︎」


 私はびっくりして大きな声を出した。



「夢っちはいつも遅刻ギリギリだから知らなかったかも。私らがいつも乗ってる電車なんだけど、一本前の時間帯に痴漢がよく出るらしいんだよね。通勤前のサラリーマンかな? 女子高生ばっか狙うヘンタイがいるんだよ」

「そ、そうなの? 全然知らなかったー」

「夕方も満員の時はヤバいよね。なるべく乗らないようにしてる」

「夢っち、今日は早かったよね。ちょうど痴漢がいた頃じゃない? 狙われなくてよかったねー」


 狙われなかったのは。

 きっと、そばにたっくんがいたから。


 満員電車も蹴散らすオーラで私を守ってくれた、たっくんがいたからだ。

 たっくんは痴漢の噂を知っていたんだろうか。

 もしかして、知っていたから駅でバイバイしようとした私を心配して追いかけてきてくれたのかな……。


 うわあ、ヤバい。

 胸の奥がジンジンする。


「本当に最近ヤバいやつ多いよね。うちってわりと偏差値高い方なのに真っ赤な髪のヤンキーもいるし」

「いるいる」


 ドキッとして肝が冷える。


 それは……たっくんのことかーっ!


 ゴ○ウみたいに叫ぶ勇気はないけど。


「あの赤髪ヤンキー、昨日電車の中でうちの高校の制服着た女子に絡んで、窓ガラス殴って、無理やり好きって言わせてたみたいよ」

「え〜、その子可哀想……。あんな不良に脅されたら誰だってそう言わずにはいられないじゃん」


 それは……私のことかーっ!


 ク○リンみたいに体の内側から爆発しそうです。


「あんなのと関わったら人生終わるね」

「ホントホント」

「あは、ははは……」


 もう絶対にこの二人には言えない、と肩を縮めた時だった。



「女子に暴力振るう奴って本当に最低だよね。そういえば、一ヶ月くらい前にも事件あったじゃん。一年の女子が上級生の複数の男子から無理やり……ってやつ」


 ちーちゃんが周りを気にして声を小さくした。



「あの事件も、実は佐治先輩が黒幕らしいよ」





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