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第12話 君子危うきに近寄らず

 それは、まことしやかに囁かれていた噂だった。


 一年の女子が不良と呼ばれるタイプの男子の先輩複数に性的ないじめを受けて、不登校になっちゃった……っていう話。

 その子は私たちとはあまり関わりのないクラスの子で、顔も名前も知らなかった。だけど、部活の仲間とか塾のつながりがある人からぼんやりと伝わってきた薄暗い話が、噂好きの耳に入ってこうして私たちのところまで届いてきていた。


 か弱い女子を年上の男子が、しかも複数で脅してっていう卑怯な手が使われたことはショックだし、心の底から恐ろしいと思う。

 そんな卑怯な不良たちをまとめていたのが──たっくんだなんて。


「それはない」


 私はつい反射的に否定してしまっていた。


「ん? どした、夢っち」

「えっ、その……何でそんな噂になっているのかなあ? たっく……佐治先輩って、一匹狼みたいな感じの不良でしょ? つるむの嫌いな人が、集団を操ってっていうのはなんか腑に落ちないっていうか……」


 それに、私と目が合うだけであんなに真っ赤になっちゃうほどピュアなたっくんに性犯罪なんてできるわけがない。


「でも、そんな極悪なことできるのは佐治先輩くらいじゃない?」

「見た目だけで人を判断するのは良くない! と、思う……」

「そりゃあまあ、そうだけどさー。この辺の不良はみんな佐治先輩に従ってるっていう噂だし」

「それもただの噂なんでしょ? そもそも、たっく……佐治先輩の噂って、全部本当なのかなあ? もしかして、見た目と態度の悪さのせいで勝手に作られたデタラメなんじゃ──」


 考えれば考えるほど濡れ衣だという気がする。

 ドキドキしすぎて鼓膜が痛い。


「どうしたの夢っち。なに興奮してんのさ」

「別に、興奮してるわけじゃないよ……。ただ、悪いことは何でもかんでも佐治先輩のせいにしてる本当に悪い人たちが他にいる可能性だってあるんじゃないかなあって……」

「まさか。怖いこと言わないでよ」


 ちーちゃんたちは中途半端な笑みを浮かべた。その時だ。


「乙原は知らないんだよ。佐治先輩の本当の恐ろしさを」



 私の斜め後ろの方から、オドオドした声がした。



 振り向くと、このクラスでは陰キャの部類にいる吉田くんというメガネをかけた男の子がチラチラとこっちを見ていた。


「たっ……佐治先輩の、恐ろしさ?」

「どういうこと、吉田」


 吉田くんは目を泳がせながら少しだけ私たちに近づいた。


「小学生の時、たまたまあの人が大きな中学生相手に喧嘩してるところを見たんだ。相手は五人だったかな……バットみたいなものも持ってたけど、佐治先輩が勝ったんだ。頭殴られて血を出しながら立ってた姿がめちゃくちゃ怖くて……逃げ出しちゃったよ。目があったら僕もやられそうで」


 当時のことを思い出したのか、吉田くんの顔がこわばる。目撃者による壮絶な話に、私たちも言葉を失った。


「それにあの人、学校では一匹狼みたいだけど、この辺の不良なんかよりもっと怖そうな人たちと街でつるんでるの見たことあるよ。左腕にタトゥー入れてるちょっと長髪の人とか、耳にピアスじゃらじゃらつけてる人とか」

「えっ」


 それが本当だったらめちゃくちゃ怖いんですが……。 


「そっか。普段そんな人たちといるから、うちらの高校の不良どもにも一目置かれてるのかな。佐治先輩の命令には誰も逆らえなさそう」

 ちーちゃんが納得顔をする。

「こわーい。近寄りたくないね……」

 カナちゃんもドン引きしている。


 たっくんってやっぱり怖い人なのかな。

 でも……そのお友達も見た目が怖いだけで悪い人だとは限らないんじゃ……?


「ワンチャン、タトゥーはシールの可能性も……」

「夢っち、あんたさっきから何ブツブツ言ってんの?」


 カナちゃんが「大丈夫かー?」と言いながら私の肩を揺する。


「君子危うきに近寄らずってね。怖い人には近づかないようにしよ」

「うんうん。夢っちも気をつけるんだよ?」

「うん……」



 私は静かに項垂れた。

 膝に置いた左手の指先にシャーペンの汚れがついているのが目に入る。

 私のウザい質問に真面目に答えてくれたたっくんの横顔を思う。


 確かに、たっくんは見た目も怖いし喧嘩も好きだ。怖い人と付き合いもあるのかもしれない。


 だけど……。


 たっくんはもう人を殴らないって、私に言ってくれたもん。

 それに、たっくんに限って、女子を襲うことだけはない。それだけは絶対、何かの間違い。

 少なくとも、その事件に関してだけは──たっくんは絶対、無実だ。






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