リオンは基本的に元気な子だ。朝はぱっちり目を開けて笑い、昼には「おひざ!」とねだってくる。
マリネの話では、以前よりずっとよく笑うようになったらしい。
けれど――。
夜になると、決まって咳き込む。熱っぽい日もあれば、寝汗をかいてうなされることもある。
「日中はあんなに元気なのに、どうして……」
私は寝顔のリオンにそっと手を当てた。額が、じんわりと熱い。
スキルはたしかに体の異常を伝えてくれる。
でもそれが何のせいか、どうしたらいいのかまでは教えてもらえない。
――は? 中途半端すぎ。
そっと立ち上がり、机の片隅にあったノートと羽根ペンを手に取った。
社畜時代。
異動申請、出張費、備品管理にクレーム処理。常に記録、記録、記録。やってられないと思ってたはずなのに。
嫌というほど『書く』ことを叩き込まれたあの日々。
「慣れって、こわいよね……」
私は迷わずページを開き、日付と時間、リオンの体調を書き留め始めた。
○月×日
昼:体温36.4℃、脈拍正常、呼吸正常、食欲良好、元気に走り回る
夜:体温37.4℃、脈拍やや高め、呼吸少し早め、軽い咳と顔に紅潮
○月△日
昼:体温36.5℃、脈拍正常、呼吸正常、食欲旺盛、少し疲れ気味
夜:体温38.2℃、脈拍高め、呼吸早め、寝汗、寝つき悪い
○月□日
昼:体温36.6℃、脈拍正常、呼吸正常、やや不機嫌、遊びに集中できない
夜:体温37.9℃、脈拍やや高め、呼吸少し早め、咳多めで時々うなされる
目の前に、彼の情報が浮かび上がる。……数値そのものは色が付いている。
どうやら正常なら緑、注意が必要なときはオレンジ、危険なときは真っ赤になるらしい。
「これ体温も脈拍も、数字の色だけで今の状態が一目でわかるってわけ……」
私は思わず苦笑する。
「なにこの仕様、ゲームのステータス画面か何かなの? ……便利そうだけど、どうせなら原因まで教えてよ」
文句を言いながら書き連ねて、ふと気づく。
(……同じ時間帯に、症状が出てない?)
少しずつ、パターンが見えてきた。
まだ原因はわからないけれど、――何かがある、そんな気がしてならなかった。
「よし、やるだけやってみるか。母しゃまとして」
私は小さく息を吐き、再びリオンのそばへ戻った。彼の寝息はまだ少し不安定だ。
「君の夜が、もう少し穏やかになりますように……」
願うように、そっと背中を撫でた。
「奥様……? どうかなさいましたか?」
マリネだった。夜の薄明かりの中、部屋の隅に控えめに立っている。
「わっ! ビックリした。……リオンの観察よ。母しゃまなりにね?」
肩をすくめると、マリネはふっと目を細めた。
「坊ちゃまにとって、それが一番の特効薬かもしれませんね」
その言葉に、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
リオンが寝返りを打ち、ふにゃりと甘えたような声を漏らした。小さな指が寝ぼけたまま、私の手首をぎゅっと掴む。
「おかあさんって……こういうことなのかもね?」
ぽつりとこぼれた自分の声に、少しだけ驚く。でも、不思議と自然だった。
リオンの髪をそっと撫でながら、私は静かに目を閉じる。
──明日も、この子の笑顔が見られますように。