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第6話 もう、戻れないってあなたは知らない

 【レオニスside】


 数日後の夜遅く。

 戦地の仮設陣地には、兵士達が周りを囲む、静かな焚き火の灯りが揺れていた。


 部隊の面々は簡素な食事をとりながら、くだらない雑談で盛り上がっている。


「なあ。こないだの魔物討伐の話、聞いたぞ? あれ、絶対大げさに言ってるだろ!」

「いやいや、本当に三匹まとめて一撃だったって!」

「嘘つけ、あんた片足怪我してるって言ってたじゃねぇかよ!」


 火花がぱちぱちとはじけるたびに、ワハハハと笑い声が広がる。

 その輪から少し離れた場所で、俺は黙って空を見上げていた。


「……レオニスの旦那!」


 ひょこっと近づいてきたのは、明るい茶髪に快活な笑顔を浮かべた部下、カイルだった。

 彼の後ろからもうひとり、おっとりした青年――ルディもついてくる。


「たまには俺達と一緒に、酒でもどうっすか? ほら、怖い顔してないで」


 カイルが笑いながら隣に腰を下ろした。

 ふたりの方をちらっと見ると、自分の眉が自然に寄るのがわかった。そのまま何も言わずに焚き火を見つめる。


「そういやぁ、旦那……」

「何だ?」


「奥様とは、あれからどうなんすか? 滅多に屋敷には帰らないんですから、たまには手紙でも出したらどうです?」


 ぱちり、と焚き火が弾ける音がやたら大きく聞こえた。周囲の兵士たちが一斉に耳をそばだてる。


「お、きたきた」

「動いたのは、やっぱりカイルか……」

「誰が最初にいくのか、賭けてたんだよな?」


 彼らは、コソコソと囁きあっている。


(あいつら……、もう少し気を使えないのか?)


 俺は言葉を飲み込み、ただ火を見つめ続けた。


「だって旦那この前帰ったとき、奥様と坊ちゃまの様子がおかしいって言ってたじゃないっすか!」

「そうですよ。いい意味で」

「たしかに、屋敷の雰囲気は良くなってはいたが……」


 カイルがニヤニヤしながら肘で小突いてくる。


「……べ、別にたいしたことじゃない。少し様子が変わっただけだ」

「その『変わった』って、今まで一度も無かったことなんでしょう?」

「……」


 ルディの言葉に、ぐうの音も出ない。


「いやもう、先妻の子どもに慕われて優しく微笑む奥様とか、普通惚れ直すって!」


 カイルが腕を組んで、やたらと真剣な顔をする。ルディも、隣で小さく笑いながら言った。


「まあでも、最初に冷たくしたの、旦那ですもんね?」

「……ぐっ」


 不躾な言葉に、喉が小さく鳴った。焚き火の光が、ふたりの横顔を照らしている。


「……俺は、彼女のことを知ろうとしなかった。あの子――、リオンからも逃げていた」


 ぽつりと呟いた。


「でも奥様には、変な噂があったんでしょう?」

「……ああ」


「男を取っ替え引っ替えしてるって。それで王子との婚約も解消されたって聞きましたよ?」

「それ、俺も聞いたことがある。でもそんな風には見えなかったがなぁ……」

「……俺はどこかで、対応を間違えたんだろうか?」


 カイルはしばらく黙っていたが、やがて少しだけ真面目な声で言った。


「なら、今から彼女のことを知ればいいんじゃないっすか?」


「そうですよ、旦那。奥様も坊ちゃまも、本当は帰りを待っているかもしれないですから。

──今ならまだ、間に合いますよ。きっと」


「そうだろうか……? 受け入れてくれるだろうか」


 俺はそれ以上は何も言えず、夜空を見上げた。


「良ければ、調べてみましょうか?」

「できるのか?」


「ええ、私の妹のリディアはすでに社交界にデビューしてますから。ああ見えて交友関係が結構広いんですよ。

こういう裏事情は、女性の方が詳しいですから」


 ルディは子爵家の次男だ。家は継げないので、本人は軍に志願してきた。


 ちらちらとまたたく星々が、まるで誰かの声のように胸に小さな火を灯す。その火は、まだ頼りない。

 ──今からでも間に合うのなら。もう一度やり直せるのなら。俺は拳を強く握りしめた。まだ、遅くないのかもしれない。


 ◇ 幕間 ◇


【兵士たちの焚き火 side】


「……いや、もう無理じゃね?」


 誰かのヒソヒソ話す声が聞こえる。


「えらい冷たく奥様に当たったんだろ? 俺ぁ、無理だと思うね?」

「だよなぁ。……また、賭けるか?」


「いいね。俺は『奥様に冷たくされる』に1票」

「じゃ、俺は『空回りして余計嫌われる』だな」


 ぱち、と焚き火が弾ける。


「お前ら、上手くいかねぇのが前提かよ……」

「ハハハ! 確かにそうだ」


 兵士たちは肩をすくめ、笑いながらまた酒を回し始めた。誰ひとり『きっとうまくいく』、とは言わなかった。


「俺は『奥様に笑顔で流される』に1票……」


 ボソッと誰かが呟いた。


「お前それ、希望がありそうに見えて1番キツイやつだろ!」


 騒がしい兵士達の夜は更けていった――。 

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