朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。
いつもならリオンが、「おはよー!」と元気に抱きついてくる時間だ。けれど――、今日は違う。
「……ん」
ベッドの中で、リオンが小さく
額に触れてみる。……熱い。はっきりとわかった。
普段のあたたかさではない。身体の芯から、じわりとにじみ出るような熱が手に伝わる。
「リオン……。大丈夫?」
呼びかけると、リオンはうっすらと目を開けた。けれど、いつものきらきらした輝きはない。
とろんとした目で私に向け、ただ手を伸ばしてきた。
「母しゃま……」
かすれた声が胸を締めつける。
その小さな手をそっと握り返す。微笑みながら――、でも心の奥底では冷たいものが広がっていった。
(様子がおかしい、風邪じゃないみたい。食事にも気を付けてたのに……)
リオンの小さな手を、両手でぎゅっと包み込む。表示される数値は、オレンジに色づいていた。
ほんのり汗ばんで熱を持った身体が、頼りなく寄りかかってくる。
「……リオン、まだねむいの?」
そっと、髪をなでる。リオンは目を閉じたまま、くたっと私の胸に頬を押しつけた。
「……うん。まだおねむしたい」
か細い声。それだけ言うと、リオンはぐったりと身を委ねた。
――普段なら目を覚ませばすぐに甘えて、笑って元気に動き回るのに。
私はそっと、リオンを抱き上げる。彼はまるで壊れてしまいそうなほど、軽くて小さい。
(だめだ。これは普通じゃないわ……)
胸の奥に冷たい焦りが広がる。――その時だった。
「エリシア様? 失礼いたします」
控えめなノックとともに、乳母マリネの落ち着いた声が部屋に響いた。
続いて見習い料理人の少年も、心配そうに顔をのぞかせる。
「朝食のご用意が……。あっ、リオン坊ちゃま……!」
私は顔を上げ、彼らにぎこちなく笑ってみせた。
「……少し熱があるみたい。今日の朝食は、お部屋に運んでもらえる?」
「もちろんです!」
少年が慌てて下がると、マリネはベッドに近寄った。
彼女も、リオンの顔色を見てすぐに気づいたらしい。
けれど眉をひそめながらも、穏やかな口調を崩さないのはさすがだ。
「季節の変わり目は体調を崩しやすいものです。……坊ちゃまも、少し疲れが出たのでしょう」
「……ええ、そうだといいけど」
(でも――、違う気がする。もっと、根っこの部分に何かある)
直感が、耳の奥で警鐘を鳴らしていた。マリネはリオンの額に手を当て、手早く氷嚢の用意を申し出る。
「ありがとう、お願いね」
彼女に感謝を伝え、リオンをそっとベッドに寝かせた。
「リオン、ちょっとだけ……。冷たいけど我慢してね?」
熱を持ったおでこにやさしく氷嚢をあてると、リオンはきゅっと目を閉じる。
だけど、ぐずることはない。弱々しい小さな手が、私の袖をぎゅっと掴む。
「母しゃま……。いない、やだ……」
熱に浮かされながら、必死に縋ろうとする姿に胸が痛んだ。
「いるから……。母しゃまは、ずっとここにいるからね」
リオンの手を握り返して、そっとベッドの端に腰掛ける。トントンと、背中を優しく叩いてやった。
眠るまで、何時間だって付き添うつもり。
――やがて、リオンは浅い呼吸を繰り返しながら、またまどろんでいった。
静かな寝息。けれどそれすらも頼りなく、不安は拭えない。
(どうして……。こんなに急に体調を崩すなんて)
ただの風邪にしては、熱の出方が異様だ。身体がだるいと訴えたのも、いつもと違う。
私はそっとリオンの髪を撫でながら、決意を固めた。
(もし、原因が他にあるのなら――。必ず突き止めてみせる)
窓の外では、鳥たちが朝を告げてさえずっていた。けれど私の世界は今、リオンひとりだけで満たされている。
彼の寝顔を見守りながら、静かに考えを巡らせた。
(今のままじゃだめ。きっと……見落としてはいけない何かがある)
自分ひとりでは、わからないこともあるだろう。けれど、頼れる人たちもここにいる。
マリネ。
いつも控えめながら、私とリオンを一番近くで支えてくれている乳母。
彼女なら、きっとリオンの異変に気づいているはずだ。
それに、書庫係の青年。
屋敷の過去の記録や、薬草やリオンの薬の管理についても何か知っているかもしれない。
見習い料理人の彼も、協力してくれるだろう。
(できることから、少しずつ始めよう……)
「絶対、だいじょうぶにするからね?」
そっと、リオンにささやく。彼は眠ったまま、ほんのわずかに手を握り返してくれた。