朝の光が、カーテンの隙間から細く差し込んでいる。
今朝もまだ、リオンは眠っていた。頬の赤みはだいぶ引いたものの、熱は完全には下がっていない。
私がいた世界では、すぐに医者にかかればよかった。しかし今は処方された薬を飲ませても、彼の症状は改善しない。
もどかしく思う気持ちを必死に抑えながら、そっとベッドの端に腰掛けた。
部屋の隅ではマリネ達が小さな机を囲み、今日の作戦会議をしている。誰ひとり、大きな声は出さない。
ひそやかに、確かな熱を持って互いに情報を共有していた。
「……みんな、今日もお願いね?」
「はい、奥様!」
「お任せくださいませ」
「……承知しました」
3人の答え方にそれぞれの性格が出ていて、少しだけ気持ちが穏やかになる。
この絆だけが、私の唯一の頼りだった。
(さあ、今日も手がかりを探さないと。絶対に見逃さないんだから!)
午前のうちに、カイとマリネはそれぞれ厨房と薬草庫へ向かった。
私はセスとともに、昨日までの記録と今日のリストを照らし合わせながら、屋敷内の異常を探っていく。
しばらくすると――、カイが慌てた様子で戻ってきた。
「奥様、奥様。すみません、ちょっと……!」
周りをキョロキョロと見渡し、囁くように声をかける彼を見て、私はすぐに立ち上がる。
カイは、小さな袋を大事そうに抱えていた。
「今日納品された食材の中に……。納品書とは微妙に違うものが混ざってたんです」
彼は袋から取り出した野菜を机に置いた。一見、普通の葉野菜に見える。
けれどカイは、指で葉の端を摘まみながら言った。
「色も形も似てるんですけど、香りが違うんですよ。……ほんの、わずかに」
私が身を乗り出して顔を近づけてみると、かすかに刺すような苦みのある匂いがした。
(これ……、食材として出回っている物と香りが違わない?)
「私達が知っている物と、よく似ているのね……?」
「見た目ではごまかせても、味や香りまでは隠せません。 厨房でこれを切ってるときに、違和感に気づきました」
「あなた、よく気が付いたわね。凄いわ」
カイは褒められたのが嬉しかったのか、照れくさそうに鼻の頭をかく。
そこへ、今度はマリネが静かに部屋へ戻ってきた。
「エリシア様。薬草庫の管理表に、微妙なズレがございました」
「ズレ……? 見せて」
「はい。ごくわずかですが、帳簿と実際の在庫数が合いませんでした」
帳簿を眺めると、たった1日、2日で分かるような差ではなかった。
ずっと長い間、少しずつ――誰かが手を加えてきた証拠がそこにある。
(これは……、偶然なんかじゃなくなった。確実な証拠が見つかったんだもん)
リオンを蝕もうとする『何か』が、確かにこの屋敷の中にいた。それが今も、牙を向けている。
「ふたりともありがとう。セスも……」
私の声は自然と震えていた。証拠を見つけられた嬉しさでも、安心でもない。
これは、小さな怒りだった。
手に持った記録ノートを、大切に胸にぎゅっと抱きしめる。
「これで、ようやく1歩踏み出せるよね?」
「ええ、最後までお供致します」
驚くことに、呟いた私に1番最初に応えたのはセスだった。マリネとカイも静かに頷く。
「あなたも冷静に見えて、案外熱しやすいのね?」
「……私は不正が許せないだけですよ」
プイとそっぽを向いた彼に、ツンデレなのねと苦笑する。
私はリオンのベッドに近づいて、その寝顔を覗き込んだ。
まだ微かな熱は残っているけれど、リオンは穏やかな寝息を立てていた。
(大切な私の子を、もう誰にも奪わせはしない――)
「えっ……?」
「奥様、どうかされましたか?」
「……いえ。何でもない」
(今のは、一体何だったの……?)
何か忘れていた気持ちに、手が届きかけたような気がした。だけど今はまだ、思い出せない。
こうしてリオンを守るための私の小さな戦いは、静かに次の段階へと進み始めた。
――次は、必ず、敵の正体を突き止めるために。