窓辺からやわらかな朝のひかりが差し込む。暗い室内が明るくなりはじめると、病床のリオンを照らした。
うすいレースのカーテンが、ふわりと風に舞いおどる。
「リオン……?」
昨日までの苦しそうな彼の寝息が忘れられず、じっと様子を
うっすら汗をかいた額にそっと手を当ててみれば、昨夜よりも明らかに熱が引いているのがわかった。
――よかった。
ほっと息を吐き、心の底から安堵した。まだ油断はできないけど、リオンは確実に回復に向かっている。
「……母しゃま」
か細い声が聞こえて、リオンがふにゃりと甘えるように、こちらへ手を伸ばしてきていた。
「……リオン、もう苦しくない? 大丈夫、大丈夫。よく頑張ったね?」
その小さな手をそっと包み込む。
彼の指先はまだ少しだけ熱かったけど、しっかりと私の手を握り返してきた。
振り返ると部屋の隅に控えていたマリネも、ほっと胸をなでおろして見守っている。
そんな温かな空気のなか――。
「エリシア様っ! もう起きていらっしゃいますか!?」
使用人のひとりが慌てた様子で、扉をノックする音が響く。
「だ、旦那様から、お手紙が届いております!」
「手紙? ……何かあったのかな?」
受け取った封筒を手早く開封すると、中から現れたのは妙に丁寧な筆跡の手紙だった。
中身を確認するが、小さな便せんが1枚だけで、他には何も入っていない。
『そちらは元気にしているだろうか。特に変わりはないか?
何かあれば報せてほしい』
一読して、ふっと鼻で笑ってしまった。
(は? 今さら何言ってんの、この人。お互いに干渉しないって言ったのは、そっちじゃないの)
思い出した怒りで、たまらず手紙をくしゃりと丸めかける。
最初は怒りに指が震えたけれど、すぐにくだらなさに呆れて手を止めた。
結局ぐしゃぐしゃのまま、手紙をテーブルに放り投げる。
「エルマ、リオンの食事を用意してもらえる?」
「は、はい。あの……」
私の一挙手一投足を、ポカンと口を開けて見ていた彼女が、慌てて返事を返す。
「ん? ……どうかしたの?」
「あっ! い、いいえ。……坊ちゃまのお食事、すぐにご用意致しますね」
(関わるなと言ったんだから、そうさせてもらう。それに、今はそれどころじゃないんだから……)
また寝入ってしまったリオンの顔を覗き込んで、静かに息をはきだした。
◆
昼過ぎ、マリネと交代してカイが納品物の確認をしていたところ、また小さな異変を見つけた。
「エリシア様。……この薬草、どう見ても質が落ちています。納品書の記載と違うんです」
カイが困ったように眉を寄せ、薬草の束を差し出してくる。それを手に取って、細かく観察した。
――彼の言う通りだった。
葉の色が鈍く、乾ききっている。しかも、帳簿に記載されている数とも、微妙にズレていた。
偶然のはずはない。
(また誰かが意図的に、リオンの回復を妨害しようとしてる――)
静かに、しかし確固たる確信を抱く。彼を守るためには、敵を突き止めなければいけない。
その日の夜。
悪影響を与える食材を排除したおかげか、リオンは小さな寝息を立て、穏やかに眠っていた。
楽しい夢でも見ているようで、その寝顔は少しだけ微笑んでいる。
「リオンはこんなにも小さいのに、頑張っててえらいね」
――この小さな笑顔を守るには、私はどう動けばいい?
不安が夜空ににじむ月光のように、心に満ちる。ふいに、私の袖をつまむ気配がした。
「母しゃま……。だっこちて」
かすれた声。
私はそっと微笑みながら、布団の上からリオンの身体をやさしく抱き上げた。
「はいはい、だっこしようね。……母しゃまにも、ぎゅーってして?」
私がそう囁くと、リオンは安心したように小さく身を寄せる。
その小さな重みに、ぎゅっと腕に力を込めた。
「エリシア様……」
後ろで様子を見守っていたマリネが、そっと声をかけてくる。
「リオン様のご様子は良くなりましたが……。まだ、油断は禁物かと思われます」
「そうね。私もそう思ってる」
リオンを抱きなおしながら、静かに頷く。
この屋敷のどこかに、敵が潜んでいるかもしれない。それを忘れたら、すぐに取り返しがつかなくなる。
「次に何か異変があれば、すぐ知らせてくれるかしら?」
「はい……」
私たちは顔を見合わせ、小さく頷きあう。
「それで、あの……。旦那様からのお手紙ですが。お返事は書かれないのです?」
「書く気にもなれないわね。その必要もないでしょ? 今はそれより大事なものがあるんだから」
「そ、そうでございますか。……失礼致しました」
彼からの手紙なんて――。こんな、どうでもいいことに
私はリオンをあやしながら、気を引き締め直した。