翌日。朝の光がそっと差し込んでくると、すうすうと寝息をたてるリオンを優しく照らす。
彼の呼吸は落ち着き、顔色も昨日よりずっと良い。
私はリオンの額に手を当て、改めてほっと胸をなでおろす。
(順調みたい。だけど、またいつ体調を崩すか分からない……。早く証拠を集めないと)
小さな体にふれる温もりが、私に冷静さを取り戻させる。自分がいた場所と比べて、ここの医療は随分遅れている。
この子を守るためには、どんな些細な兆候も見逃してはいけない。
「エリシア様!」
「またなの……?」
部屋の外から慌てた声が響く。扉が開き、使用人が駆け込んできた。
「だ、旦那様からまたお手紙が……!」
「……はあ。面倒臭い」
私は小さくため息をつきながら、差し出された封筒を受け取った。
開封すると、やはりぎこちない筆跡で
『ふたりとも元気にしているのか、安否が気にかかる。
どうか、一筆だけでも返してほしい』
読んで、思わず口元が歪んだ。
(今さら、なに焦ってるんだか。自業自得でしょうに。あっ……、何か企んでるんじゃないでしょうね)
返事は必要最低限でいい。
私はテーブルの端にあった便箋を引き寄せ、『問題ありません』の一文だけを書いて、使用人に預けた。
「これを、そのまま届けておいて」
「は、はい……!」
それからというもの、手紙は毎日のように届いた。日によっては、1日に数通届くこともあった。
そのたびに私は、最低限の返事だけを淡々と書き続けた。
封を開ける前から内容が予想できて、苦笑いすら浮かぶ。
(一体どうしたのこの人? ……返事なんて期待しないでほしいわね。私は今、とっても忙しいの!)
私とカイはそんな合間にも、毎日納品物の確認を続けていた。
「エリシア様。納品された薬草ですが、今度は品種が微妙に違っています」
彼が困った顔で報告してくる。
私は手に取った薬草をじっくり見つめ、帳簿と見比べた。色も質も、以前のものとは明らかに異なっている。
カイと私。そして今日はエルマも手伝いに来ている。セスは、お休みをもらっていた。
部屋に据え付けられた小さなテーブルに、3人で地図と帳簿を広げて黙々と作業を進める。
「エリシア様……。これも、やっぱりおかしいですよ」
カイが小声で言うと、エルマも手を止め覗き込んでくる。
「最近納品されている食材や薬草、全部同じ業者から来てるんですよ。……前までは、もっといろんな商人が出入りしてたのに」
「……1ヶ所に絞られている、ということ?」
「はい。しかも、その業者はもともと……。こんな大量の品を取り扱うところじゃなかったはずなんです」
「……そう言われれば、確かに。彼の言う通りでございます」
私はふたりの言葉に耳を傾けながら、地図に目を落とした。
今出入りしている業者の名前は、過去の納品記録では少額の取引しかなかった。
「……なるほどね」
小さく息を吐き、私は指先で納品ルートをなぞる。この不自然な流れ。偶然とは到底思えない。
リオンの食事や薬草が、意図的に別の食材や劣化したものにすり替えられていた。この業者を通して――。
そう考えれば、すべてが繋がる。
依頼したのがどこの誰なのか、どこから手を伸ばしてきているのか。まだ調べなくてはいけない。
「マリネ、カイ。しばらくは納品物だけじゃなく、屋敷内の人間の動きも記録しておいて。セスにもそう伝えて」
「はい!」
「承知致しました」
ふたりの頼もしい声に、私は小さく頷いた。
まだ肌寒い夜風が、部屋の中を通り過ぎる。ブルッと身体が震えたのは風の冷たさのせいか、それとも怖かったからか。
(次はどんな手を使ってくるの……?)
確実に迫りくる気配を、敏感に感じ取っていたのかもしれない。
(来るなら来なさいよ、絶対に防いでみせる。必ず、私が犯人を見つけ出してやるから――)
リオンの無邪気な寝息が、私の背中をそっと押す。
彼の気配を背中に感じながら、私達は着々と戦いの準備を進めていた。