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第14話 リオン危機一髪!?お風呂に入ってって言ったでしょ!

 部屋の中には、薬草の煎じた匂いがほんのりと漂っていた。

 薄暗い灯りの下、リオンはうっすらと汗をかきながら眠っている。


「エリシア様。リオン坊ちゃまは先ほどよりも、また少し顔色が悪くなっていませんか……?」


 マリネが眉をひそめながら、リオンの額にそっと触れる。


 私は黙ったまま、薬瓶のラベルをひとつひとつ確認していた。

 異常の兆しがどこにあるか、どんな痕跡があるのか、気を抜けばすぐに見落としてしまう。


「薬草の種類は間違ってないの。……けど煎じたあと、少し匂いが変わってる気がするのよね」

「まさか薬草を煎じる段階で、何かされているということですか……?」

「その可能性はあるかもね。納品された時じゃなくて、加工の途中で混ぜられたかもしれない……」


 そんな私達の会話の最中。リオンが小さくうめき声をあげると、体をぎゅっと縮こまらせた。


「リオン……!?」

「母しゃま……。おなか……、いたいの……」


 その声に、部屋の空気が凍りつく。私はすぐに顔を上げ、マリネに向かって指示を飛ばした。


「マリネ。水と清潔な布を持って来て! それから——」

「はいっ、すぐにお持ち致します!」


 緊急事態――。ここまで手を尽くしてきたのに、敵の手がまた新たに伸ばされていた。


(迂闊だった。前の人生では、薬は信じて疑わないものだった。けれどここは違う。

毒を仕込むなんて、簡単にできる世界。わたしの、ばかばか! なんで気づかなかったのよ!)


 ◆


 その頃荒れた街道を、数頭の馬が速度を上げ駆けていた。


「旦那! レオニスの旦那ってば! そのペースじゃ、馬がもちませんって!」


 後ろから叫ぶカイルの声にも、レオニスは振り返らない。


(エリシア、リオン……。待っていてくれ、もう後悔なんてしたくない)


 泥だらけのマントが風にたなびき、顔には疲労の色が濃く出ている。

 けれど彼は止まらない。止まるわけにはいかなかった。


(嫌われてもいい。拒まれても冷たくされても——。それでも今すぐ会って伝えなきゃいけない。俺は……!)


 屋敷の門前。突然の馬の蹄音に、門番たちは驚いて飛び起きた。


「な、なんだ!? 誰か来るぞ!?」


 夜空の下を駆け抜けてきたのは、ボロボロの姿の男。泥にまみれマントもほつれているが、その顔は間違いなく――。


「だ、旦那様!?」

「旦那様のお帰りが、予定より早すぎる……!」


「門を開けろ! すぐにだ!」


 荒い息を吐きながらレオニスは叫ぶ。胸が焦げつくような焦りに、喉がひりつき声がかすれていた。


 ◆


 屋敷内でリオンの体をそっと寝かしていると、ふと外の気配が気になって眉をひそめた。

 ガタンと玄関から聞こえる音と、慌ただしい足音。そして、息を切らせた声が部屋に響く。


「エリシア……! リオン……!」


 そこに立っていたのは、ボロボロの姿になった――レオニス。


「……」


(なんで……なんでこんなに早く帰ってきたの? 予定はまだ先だったはず。……それに今は、それどころじゃないってば!)


「た、ただいま……! エリシア、リオン!」


 レオニスは荒い息を吐きながら扉の側に立ち尽くしている。ボロボロのマント、泥にまみれた靴――。


(戦地から戻って来るのって、こんなに汚れるんだ……。っと、今はそれどころじゃない!)


「お帰りなさい! でも今、こっちは手一杯なの! エルマ、準備できた!?」

「奥様! できました!」


 私が声を張ると、レオニスはハッと我に返ったように顔を上げ、肩で息をしながら部屋へ入ろうとする。


「駄目! まずはお風呂に入って、身体を綺麗にしてきて!」

「えっ! ……あ、ああ。わかった、そうする」


 名残惜しそうに扉の前で立ち止まる彼。けれど私はきっぱりと言い放った。


「見るのは後よ!」


 マリネが急いで水と布を持ってきてくれた。私はそれを受け取り、そっとリオンの額の汗をぬぐう。

 目の前に浮かぶ数値――。体温、脈拍、呼吸が真っ赤に点滅している。


(ごめんね、ごめんね、リオン……。どうか……どうか、耐えて……!)


 リオンの数値がどんどん上がっていく。


「もう何なのよ、このスキル! 全然役に立たないじゃない!

……白き手か何かしらないけど、どうせなら治療法まで表示しなさいよ!!」


 目の前の数値がまたフリーズする。


(結局また、守れなかった……!)


 向こうでの記憶が、フラッシュバックする。一気に流れ込む記憶に、意識を失いそうになるのを何とか堪えた。


「エリシア!!」


 レオニスが駆け込んできて、私の身体を支えてくれる。


「大丈夫か!? おい、医者を呼べ!」

「お……」


「んっ? 何だエリシア」

「……お風呂、……入って」


 そのまま私は、意識を手放した。

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