私の幼い頃の記憶を知る者は、ほとんどいない。
死んだ母上でさえ、私がとうに忘れてしまったと思っていたに違いない。
けれど――私は、すべて覚えている。
あの日、母上の寝所に間違って入ってしまったとき、
目にしたのは、肌を重ね合う二つの影。
私を見つけた母上は、何の躊躇もなく、私を池に突き落とした。
氷のように冷たい水の中、頭を押さえつけられ――
水面から顔を上げることすら、許されなかった。
高熱にうなされる私の枕元で、母上は毎晩祈っていた。
「どうか……この子が、もう二度と目覚めませんように」
熱が引き、目を覚ました私は、まるで記憶を失った子どものように振る舞った。
母上は安堵し、長い間隠していた毒薬をそっと捨てた。
……けれど、私は知っていた。
彼女は、私を決して許していなかった。
母上の愛人は、ただ触れるだけで血を噴き出して死ぬという、
世にも恐ろしい毒を持っていた。
その毒を母上は漆箸に少しずつ塗り、
私を「病で死んだ」ように偽装しようとしていた。
だがある日、毒が忽然と消えた。
母上は怯え、探し回り――
ついには、私を疑った。
半殺しになるまで殴られ、問い詰められたが、
私は一言も喋らなかった。
そして、彼女たちは私を殺す計画を立てた。
だが――私は、その前に動いた。
私は、母上が使っていた毒と、
彼女が私を殺そうとした方法を、そのまま使って――
母上と、その愛人を殺した。
泣いてみようと思った。
「母を亡くした可哀想な子」を演じようとした。
けれど、涙は一滴も出なかった。
むしろ、胸の中の憎しみは、燃え広がる炎のように私を満たしていった。
私は笄を抜き、母上の身体に突き立てた。
血が飛び散るたびに、
どこか快感に近いものが、私の中で広がっていった。
――私は、生まれながらの“悪”だった。
母上は、よく言っていた。
「お前は人間じゃない。心なんて持ってない。
もしあったとしても、それは真っ黒な塊だ」
ええ、きっとその通り。
だって、昼も夜も――私は、父と母を殺すことだけを考えていたのだから。
でも、私は知っていた。
そういう自分を隠して生きなければ、この世界では生きていけない。
私は毒の粉を袖の裏地に縫い付け、
母上の死体はきれいに縫い直して清らかな衣を着せ、
よろよろと泣きながら外へ飛び出した。
そして、皆の前で叫んだ。
「母上が……母上が死んだ……!」
寵を失っていた母上は、誰からも惜しまれず、
あっさりと土に葬られた。
でも――私は、生きねばならなかった。
母上の愛人の死体を、八日かけて丁寧に解体し、
各地に埋めていった。
最後の一本の脚を、冷宮のけやきの木の下に埋めようとしたところで――
血の匂いを嗅ぎつけた忍犬たちに見つかり、追い詰められた。
そのとき、偶然出会ったのが――
人質として差し出されていた、賀蘭狼主だった。
私は噂で聞いていた。
「狼に育てられ、言葉も通じぬ野獣のような蝦夷の王子」――
そんな使えぬ男に、関心などなかった。
けれど――
あまりにも長く“純真な姫君”を演じていたせいか、
その日、私は自分の昼食だった塩漬けの鮭を、
思わず彼に差し出してしまった。
それが、すべての始まりだった。
彼が突然姿を消しても、私は気に留めなかった。
この宮では、誰かが消えるなど、日常茶飯事だから。
だが、彼が父を殺し、王として即位し、
大和の姫を娶ろうとしていると聞いたとき。
ちょうどその頃――
三の姫が和親を拒み、中宮様が私を訪ねてきたとき。
私は、運命が道を開いたことを悟った。
……ただの嫁入りで、終わらせはしない。
私はもう、二度と誰にも頭を下げない。
誰にも蔑まれない。
誰にも、嘲られない。
私は三歳で読み書きを覚え、七歳で文章を作った。
白鏡少傅の講義も、きちんと理解できていた。
才では、男になど負けていない。
なのに私は、捨てられた姫でいなければならなかった――
それが、悔しくて悔しくて。
私は何も言えず、ただ着物の裏地に、こう書いた。
「露の世は 露の世ながら さりながら」