……私は、決して“露の世”で終わりたくなかった。
だから私は、自ら申し出て和親し、
御学問所の門前で、御父様の袖口に密書を忍ばせた。
「十六姫こと李昭、願わくは遠嫁に名を借り、
虜の王を生け捕り、皇父と内外呼応し、逆賊を討たん」
――すべてはこの“宴”のためだった。
賀蘭狼主は気づいていた。
それでも、私と共に帰ってきた。
あらゆる備えをし、警戒していた。
ただ一つ。
私が彼の杯に睡眠薬を仕込むとは、思っていなかった。
私は彼に訊いた。
「騙したの。利用したの。――ねえ、恨まないの?」
彼は、静かに首を振った。
「石榴は、それでいい。
そうして自分を守れるなら……それが一番いい」
父を手にかけたあの瞬間でさえ、
彼は私を、“あの日の少女”だと信じていた。
私は、彼を見つめながら冷たい声で告げた。
「――賀蘭狼主。
この私を、天皇にする手助けをするなら、命は助けてあげる」
彼は伏せた睫毛をわずかに震わせ、答えた。
「ほしいものがあるなら、俺が取ってこよう。
……だから、お願いだ。
もう一度だけ、狼と呼んでくれるか?」
私は、絶対の利益の前では、どんな愛情でも演じられる女。
だから彼に近づき、氷のような唇に軽く口づけし、囁いた。
「狼。私、あの天皇の玉座が欲しいの」
「――いい。君に、あげるよ」
彼は素直に頭を垂れ、忠犬のように跪いた。
私は、鎖を解きながら薬丸を唇にあてた。
「これは、腸を裂く毒だよ」
彼は抵抗せず、ただ舌でそれを受け取った。
指先に、彼の舌が一瞬触れ、私は思わず肩をすくめた。
彼はそのまま、私の掌に、そして指先に口づけを落とす。
低く、穏やかな声で囁いた。
「狼の命は、初めから石榴のもの」
あまりに真っ直ぐなその想いに、
私は返す言葉を見つけられず、静かに目を伏せた。
…………
大和王朝は、すでに中から腐っていた。
白く美しい外皮の下に、虫が巣喰い、空洞だらけの巨木。
賀蘭狼主は、長年かけて平安京の各地に虞夷の兵を潜ませていた。
彼が合図を出すと、朱雀大門が静かに内側から開かれた。
血の匂いに飢えた狼のように、兵たちは一斉に雪崩れ込んだ。
私は、偽造した勅令を手に、宮城の高い壁に立った。
風に髪をなびかせ、声を張る。
「我こそは先帝の十六女、李昭である!
今より、先帝の遺命により皇位を継承し、ここに勅を下す!
逆らう者は、斬る!――ひれ伏せ、新しき帝に!」
城壁の下、賀蘭狼主がまず片膝をつき、天に届くような声で叫んだ。
「臣・賀蘭帰、陛下に謁す!」
彼の背後にいた虞夷の兵たちは、驚愕した。
――彼らの王が、大和の姫に跪いた。
だが、誰も口には出せなかった。
彼の軍律は厳しく、命令違反は即死刑。
やがて全軍が地に伏し、
ひとつの声が、雷鳴のように都を覆った。
「陛下万歳! 陛下万歳!」
大和の禁軍も、公卿たちも、
その剣と蹄の音に呑まれ、混乱の中で、
血に染まった勅令を見て――
跪くしかなかった。
――その日を境に、
私はもはや、痴れ姫でもなければ、冷宮の影でもなく、
虞夷の王の妃ですらなかった。
私は李昭。
昭らかにして日月のごとく。
天と並び輝く、天下唯一の女帝。
この手に、すべての力を握る。
万人を、跪かせる。
この地に、未だかつてない昭元の世を築く。
永く、永く、歴史の頂に名を刻む――
この私が、この国の、新たな太陽となる。