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第7章「告白の食卓」

 畳に置かれた四つの膳の上で、湯気が揺れていた。

 炊き立てのご飯と、薄く切った焼き魚。食卓は、いつも通りの形をしている。

 けれど、その場の空気は、張り詰めた絹のように繊細で、今にも裂けそうだった。

 義父の康晴は黙って湯呑みに口をつけている。

 義母の篤子は箸を持ちながら、一口も食べていなかった。

「……なんで、この話を今する必要があるのか、俺にはわからん」

 康晴の声は低く、荒れていた。

 誰も返事をしない。重たい沈黙。綾芽は正座したまま、視線を膝に落とした。

 蒼が横に座っている。

 その背筋は伸びていた。まるで、責めを受け入れる覚悟のように。

 篤子が、ついに口を開いた。

「蒼。あなた、玲奈さんとはどうするの? あの子、あなたを本気で——」

「破談にします」

 言い切った。

 誰も息を呑む音すら出せなかった。

 空気が一瞬、凍ったようだった。

「……何を言っているの?」

「嘘はつけません。綾芽を、好きなんです。……昔から」

 康晴の掌が、机を叩いた。

「馬鹿を言うな!」

 怒声が部屋に響いた。茶碗が跳ね、湯呑みの中身がこぼれる。

 蒼は動じなかった。

「綾芽は家族だろう! 姉だぞ!」

「血はつながっていません」

「血の問題じゃない! 倫理の問題だ!」

 篤子は声を出せず、目を見開いたまま唇を押さえていた。

 その沈黙が、逆に怒りの温度を上げた。

 康晴が、綾芽の方を睨む。

「お前は姉だろう? どうして止めなかった!」

 綾芽は、そのとき、やっと顔を上げた。

 そして、まっすぐ言った。

「……私も、蒼が好きです」

 言葉が落ちた瞬間、時間が止まったようだった。

 それは告白というより、告発だった。

 自分自身への、そしてこの場の全員への。

「綺麗な想いじゃありません。正しいとも思っていません。……でも、嘘をつき続けて生きるのは、もう限界なんです」

 康晴の拳が震えた。怒りなのか、失望なのか、それは判別できなかった。

 篤子は泣き出した。小さく、息を詰めるように、嗚咽が漏れた。

「……出ていきなさい。二人とも。家の名を汚すなら、もう他人です」

 それが、宣告だった。

 蒼は立ち上がり、綾芽の手を取った。

 この手は、漆と銀の匂いが微かに染みついている。震えていたが、力はこもっていた。

「じゃあ、出ていきます。僕たちは罪を選びます。でも、それでも一緒にいます」

 食卓の湯気が、ゆっくりと消えていく。

 その中心で、ふたりの影だけが静かに重なっていた。

(第7章 完)


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