フェムとティミは楽しそうに競争する。
おかげで、あっという間に森を抜けて、村に到着した。
「アルさん、おかえりなさい」
「お疲れでしょう。こちらでお休みください。すぐにお茶を用意させますね」
クルスと司祭に出迎えられた。
司祭は椅子で休むよう言ってくれる。
真新しい木製の椅子と大き目の机だ。
今朝はなかったので、改めて作ったのだろう。
「結構、作りがしっかりしているな」
「そうでしょう。信徒の大工が作ってくれました」
「休憩するときとか、設計図をみんなで見るときとかに使える机があったら便利ですからね!」
クルスは笑顔で言う。
労働環境の改善は作業効率を大きく左右する。良いことだと思う。
俺たちが全員椅子に座ったころ、信者の一人がお茶を配ってくれた。
ちなみにフェムも椅子の上に座っているし、シギは机の上に座っている。
「ありがとう」
「うむ。ありがとう」
「わふう」「りゃっりゃ!」
俺とティミショアラだけではなく、フェムとシギショアラにもお茶を出してくれた。
ついでにお菓子も出してくれる。
「りゃあ!」
シギはもらったお菓子の匂いをクンクンと嗅いだ。
それから両手でつかんで、パクパク食べ始める。
「シギは成長したなー」
「そうだな。我が姪は成長著しいことこの上ない。天才なのだな」
「少し前まで、俺の手からしか食べなかったのに」
「天才ゆえ当然だな」
ティミとは会話が少しすれ違っている気がする。
叔母バカを発揮しているのだろう。
ティミはシギの頭を撫でてデレデレしていた。
クルスは俺の横に座ってお茶を飲む。
「アルさん、ティミちゃん。どのあたりまで道を敷設できました?」
「えっとだな。この辺りだ」
「早いですねー」
「今日はティミが、昨日はモーフィが活躍してくれたからな」
「木を抜くのは任せるがよい」
道について話している途中で、俺は大事なことを思い出した。
「あ、そうだ。クルス。技術者と官僚の人たちと、この辺りであったぞ」
「思ったより早く来てくれたんですね」
クルスは笑顔になったが、ティミは顔をしかめる。
「技術者はいい奴そうだったが、臨時代官補佐? あいつはだめだ」
「臨時代官補佐ですか?」
「代官代行の息子とか言っていたな」
「どうだめなんですか?」
俺とティミはクルスに臨時補佐との出来事を説明した。
「それは嫌な奴ですねー」
「クルスは臨時補佐の任命に関わったのか?」
「はい。代官代行に息子を送りますって言われたので、許可を出しておきました」
クルスの立場なら、その状況なら許可を出すしかないだろう。
ティミがクルスを見ながら言う。
「あいつに任せたら、気持ちよく仕事ができなさそうである」
「悪いことはしないよう気を付けておきますね」
「頼むぞ」
そんなことを話している間に、ヴィヴィたちがやってきた。
コレットとミレット、モーフィとチェルノボクも一緒だ。
モーフィはいつもの大きさになっている。
「ヴィヴィ、畑はどうだ?」
「うむ。順調なのじゃ。みんな頑張ってくれているからのう」
「もっもー」
モーフィは機嫌よく俺に鼻を押し付けてくる。
モーフィの背にはチェルノボクが乗っていた。
「モーフィお疲れさま」
「もっも!」
モーフィを撫でてやる。
ついでにチェルノボクも撫でてやった。
ふよふよしていて気持ちがいい。
「ぴぎっぴぎ」
「りゃっりゃ」
シギがチェルノボクの上にのる。そしてチェルノボクにおやつをあげようとする。
「りゃ」
「ぴぎ!」
シギの手からおやつをもらって、チェルノボクは嬉しそうに鳴いた。
それを見ながら、ヴィヴィがクルスに尋ねる。
「道はあとどのくらいなのだ?」
「先は長いよー」
「大変なのじゃな」
俺はヴィヴィに尋ねる。
「畑の方は、あとどのくらいだ?」
「モーフィが大活躍してくれておるからのう。そう長くはかからないはずじゃ」
「それはいい」
畑より道の方が完成までは長そうだ。
休憩を終えたころ、技術者の人たちが到着した。
正確には技術者5人、官僚3人の集団だ。
クルスと司祭が出迎えに行く。俺もクルスたちについて行った。
「よくおいでくださいました」
「待っていましたよー」
「お出迎えありがとうございます。よろしくお願いいたします」
技術者たちは頭を下げる。俺も技術者たちに挨拶する。
「お疲れ様です」
「あれ、先に到着したんですか?」
俺たちが先に到着したことに、技術者たちは驚いていた。
その後、一人の技術者が言う。
「あ、そうだ。大変な事態が起こっているみたいです」
「大変な事態?」
「はい。先程、恐ろしい魔獣の声が聞こえました……」
「あー、あれですね」
ティミショアラの咆哮だろう。
「あれは余程強大な魔獣に違いありませんよ」
「姿は見えないのに声だけで気絶しかけました」
「ふむふむ」
クルスは真剣な表情で聞いていた。退治することを考えていそうだ。
ティミの咆哮は指向性がある。
だから、真後ろに位置していた技術者たちへの影響は少ないはずだ。
それでも、気絶しかけるぐらいの威力はあったのだ。
改めて古代竜の咆哮の強さを思い知る。
俺はクルスの耳元でささやく。
「ティミの咆哮のことだぞ」
「あー、あれですね!」
クルスは笑顔になって、技術者たちに向き合う。
「あれは大丈夫です。気にしないでください」
「え、本当に大丈夫なのですか?」
「はい。何の問題もないです」
「それならよいのですが……」
そんなことを話していると、官僚の3人がクルスに気づいた。
「こ、これは伯爵閣下」
「あ、わかりました?」
「それは、はい。当然です」
「領主の館で一回しかあってないのに、よくわかったねー」
「え、あっはい。覚えていただいて光栄です」
「君は先月と先週に、一回ずつあったね」
「はい、その通りです。ありがとうございます」
「あれ君とは東の代官所の支所であった気が……」
「つい先日支所から、領主の館に移動になりまして……」
「そうだったんだ! これからもよろしくね」
「過分なるお言葉ありがとうございます!」
クルスは話しかけながら、官僚と順番に握手していく。
一、二度しかあっていない部下の顔をクルスは覚えているようだ。
なかなかすごいと思う。
官僚たちは感動のあまり涙ぐんでいた。
「みんなも今日はゆっくりしていてね。働くのは明日からね!」
「はい。ありがとうございます」
「宿舎が足りてないから……二、三日は、教団本部に泊まってもらうかも。ごめんね」
「いえ。お気になさらないでください!」
技術者たちも官僚とクルスの会話を聞いて、クルスの正体に気づいたらしい。
「閣下! お会いできて光栄であります!」
「かの御高名な勇者様にお会いできるとは……息子に自慢できます!」
技術者たちはガチガチに緊張していた。
そんな技術者たちとクルスは握手していった。
「遠いところを、来てくれてありがとう」
「光栄であります! 我々、全力をもって橋づくりに従事させていただきます!」
「お願いしますね」
「はい!」
技術者と官僚たちの士気はものすごく高まったようだった。