ヴァリミエがどや顔をしたころ、クルスが材木を運ぶゴーレムに気が付いた。
穴掘りをやめてこっちに来る。
「すごいですね! ヴァリミエちゃんが持ってきてくれたの?」
「うむ。乾燥前の木材と乾燥後の木材を交換してやろうと思ったのじゃ」
「それは助かるよ」
それから、クルスは真面目な顔で、ヴァリミエに言う。
「ヴァリミエちゃん。お金払うよ?」
「その必要はないのじゃ」
「いいの?」
「いいぞ。運んできた材木はしばらく出荷の予定もない物じゃし」
「でも……」
「クルスよ。クルスは、わらわが困ったときに助けてくれるじゃろ?」
「うん。それは助けるよ」
「だから、わらわもクルスが困っていたら助けるのじゃぞ?」
「ありがとう」
その後、司祭がやってきた。技術者たちを案内し終えたのだろう。
そして、材木の話を聞いて、ヴァリミエに何度もお礼を言っている。
「気にするでないのじゃ」
何度もお礼を言われて、ヴァリミエはとても照れていた。
「もっもー」
「がうが」
モーフィも、なぜかヴァリミエに頭をこすりつけていた。
ライも一緒に、頭をこすりつけている。
「ライもモーフィも仕方ないのじゃ」
ヴァリミエは機嫌よく撫でている。
クルスがこっちに来たことで、シギショアラたちも穴掘りをやめてこっちに来た。
チェルノボクやフェム、ティミショアラも一緒だ。
「りゃっりゃ!」
「シギ、泥だらけじゃないか」
「りゃあ?」
泥だらけの体をこすりつけてくるので、こっちにも泥がついてしまう。
シギは肩に乗って、俺の頬に体をこすりつけてくる。
顔が泥だらけになってしまった。
「わふわふ」
フェムも泥だらけの体をこすりつけてくる。
おかげで俺は全身泥まみれだ。
「ぴぎっ!」
チェルノボクは、俺の頭の上に乗る。麦わら帽子をかぶっていてよかった。
「ふふふ、アル。その恰好でよかったじゃろう?」
「そうだな。確かに」
俺につなぎの作業着を着せたヴィヴィがどや顔をする。
「もう仕方ないな。しっかりお風呂入らないと駄目だな」
「りゃあ」
「チェルノボクもだぞ」
「ぴぎっ!」
「シギショアラのお風呂は、我が入れてもいいのだぞ?」
「りゃっ!」
「そんなに、はっきり拒否しなくてもいいではないか……」
なにやら、ティミショアラは断られたらしい。悲しそうだ。
「そんなにアルラとお風呂に入りたいのか」
「りゃあ」
「……そうなのか」
ティミが恨みがましい目でこっちを見てきた。
俺は気づかないふりをすることにした。
俺たちが休憩している間に、クルスと司祭は運び込まれた材木について相談している。
「明日から建物の建築に入れますね」
「そうですね。なるべく早く、しっかりとした住居を建てたいところです」
「寝泊まりするところは大事ですからね」
相談を終えてクルスがやってくる。
「アルさんには、橋づくりを手伝ってほしいです」
「おう、任せろ」
「ありがとうございます!」
「建築の方は、手伝わなくていいのか?」
「まずは橋の方が色々と魔法が必要かなと……」
「それもそうだな」
「住居の建築はゴーレムに手伝ってもらおうかと思っています」
それを聞いていた、ヴァリミエが言う。
「ゴーレムもう少し貸し出したほうがいいかや?」
「貸してもらえたら助かるけど……大丈夫?」
「大丈夫だぞ。防衛用ゴーレムなど最小限の数がいればいいしのう」
「それなら助かるよ」
太陽が沈みかけたころ、明日についての相談がおわる。
「さて、今日はもう帰りますかー」
「もっもー」
「りゃあ」
クルスがモーフィとシギを引き連れて、帰り始める。
俺たちも一緒にムルグ村へ帰るために移動を開始した。
その時、
「おい! 責任者をここに連れてこい!」
怒号が響いた。
声のした方をみると、臨時代官補佐と中年の組み合わせだった。
俺はクルスに教える。
「あの二人組の若い方が、例の臨時代官補佐だぞ」
「あれが例の補佐ですかー。態度が悪くて困りますね」
責任者である司祭が、代官補佐のもとに向かう。
「どうされましたか?」
「どうされましたか? ではないわ! お前たちの信者が無礼を働いたのだ。罰してやる。連れてこい」
中年のほうが司祭を怒鳴りつけた。
代官補佐たちは怒り狂っているが、垂れ流した後なのでとても臭いのだ。
ティミの咆哮を食らったので仕方ないとはいえ、教徒たちは事情を知らない。
漏らした男たちがなんか怒鳴っているぐらいしかわからないのだ。
困惑しながら、代官補佐たちを見つめている。
代官補佐も加わって司祭を怒鳴りつけはじめた。
「ちょっとまずいですね。行ってきます」
クルスが小走りで代官補佐の方に向かう。
「もっも」
なぜかモーフィもクルスについて行く。
「りゃ」
「シギはついて行かなくていいぞ」
「りゃあ?」
シギまでついて行きかけたので、捕まえておいた。
一応懐の中に入れておく。
「りゃあ」
シギは静かになる。
クルスは笑顔で、司祭と代官補佐の間に割って入る。
モーフィも同様だ。
「まあまあ。落ち着いて落ち着いて」
「もっも」
「邪魔するな! 牛飼い風情が!」
代官補佐がクルスに向かって右手で殴り掛かる。
その手は難なくクルスにつかまれた。クルスを殴れる人間などそういない。
「暴力はよくないですよ?」
「い、い゛だい、いだいいい」
クルスはつかんだ手を強めに握っているようだ。
代官補佐は崩れ落ちるようにひざをつく。
「とりあえず、着替えたらどうですか? 臭いですよ?」
「貴様!」
中年がクルスに向かって蹴りを繰り出す。
素人の動きではない。武術の訓練を受けているのだろう。
きっと護衛も兼ねているのだ。
「もっ!」
モーフィが中年の蹴り足を咥える。そして振り回した。
「うわぁあああ」
中年を転倒させてから、モーフィは前足で中年を抑える。
モーフィは牛にしては小柄とはいえ、牛なのだ。充分重い。
容易にはねのけることなどできない。
クルスが司祭に向けて言う。
「とりあえず、傷害の現行犯ですから、地下牢にでもいれておきますか」
「地下牢とか……ないのですが……」
「え、ないんですか?」
「はい」
クルスが困ったようにこちらを見る。
「ア、アルさんどうしましょう?」
「仕方ないな。穴掘っていい場所ある?」
「それならば、こちらに……」
司祭が、畑予定地の近くを指さした。
「じゃあ、穴掘って、地下牢もどきをつくりましょう」
「お願いします!」
「材木も少し借りますね」
俺は魔法で穴を掘り、重力魔法で圧をかけて固めた。
そうしておいて、材木で格子を作る。
穴は身長の二倍程度だ。飛んだり跳ねても届くまい。
「ちょっと格子は荒いけど、まあ、大丈夫だろ」
「本職の盗賊なら抜け出せそうですけど、大丈夫だと思います」
「よし、それならクルス、モーフィ頼む」
「はい!」
「もっも!」
代官補佐たちを、地下牢もどきに放り込んだ。
一応落下ダメージを受けないように重力魔法で保護してやった。
クルスは上から語り掛ける。
「一晩そこで反省してください」
「貴様! 俺は代官補佐だぞ! こんなことをしてただで済むと思っているのか」
「はいはい」
クルスは、適当に流して、司祭に対応を頼んでいた。
ムルグ村への帰路の途中、クルスが言う。
「ぼくがクルスだって気づいてなかったですね」
「会ったことあるのにな。俺も気づかれなかったぞ」
「目が悪いのかもですね」
「かもな」
そんなことを話しながら、俺たちは村に戻った。