気絶したステラがぐしゃりと崩れ落ちる。俺は頭を打たないよう駆け寄って支える。
ステラのローブの下半身はぬれていた。
だが、それ以上にステラの頭に突如はえた獣の耳が目をひいた。
ローブの下から結構太めの尻尾も見えている。
「獣人だったのか」
『匂いでわかるのだ』
「人はそこまで鼻がよくないんだよ」
「わふ」
俺とフェムが話しているとシギショアラがぱたぱた飛んできた。
「りゃ?」
ステラの胸のあたりにとまって、心配そうに頬を撫でている。
『水を持ってきた方がよいか?』
「うん。頼む」
『わかったのだ。モーフィ、付いてきて欲しいのだ』
「もっも!」
フェムがモーフィをつれて駆けて行った。
ティミの咆哮で魔狼たちが怯えているかもしれない。
だから、フェムは魔狼たちの様子も見たいのだ。
そして、魔狼たちの様子によっては、フォローしなければならない。
それゆえ、モーフィを連れて行ったのだろう。
ティミは巨大な竜の姿のまま、ステラに顔を近づける。
「ふむ。攻撃魔法を撃つまでもなかったであるな」
「そりゃなぁ」
「アルラの姪弟子相手に、我はやりすぎてしまったかのう?」
「いや、ティミと戦いたがったのはステラだしな」
「そうであるか」
「むしろ相手してくれてありがとうな」
俺がお礼をいうと、ティミの鼻息が荒くなる。
照れているのかもしれない。
荒くなったティミの鼻息で、木々がざわめくので騒がしい。
「なんの。だが、シギショアラにも一度、戦闘魔法を見せたかったのだがな」
「りゃ?」
ステラを撫でていたシギが首をかしげる。
「今回は、戦闘魔法を使う機会がなかったのだが……アルラ……その」
「わかってる。今度は俺が相手させてもらうぞ」
ティミがぶるりと体を震わせた。それだけで地面が少し揺れる。
「ありがたい! アルラと試合できるのは楽しみだな!」
「りゃ! りゃ!」
シギも楽しみなのだろう。羽をバタバタさせた。
その間ずっと、俺はステラを支えている。
地面に横たえるにも、今は冬。地面がとても冷たいのだ。
体温を一気に奪われてしまう。
そんなステラの顔を心配そうにヴィヴィが覗き込む。
「あ、相変わらずティミの咆哮は強烈なのじゃ……」
ヴィヴィはステラの頬に触れ、それからシギの頭を撫でた。
「お? 今回、ヴィヴィは気絶しないんだな」
いままでヴィヴィは気絶しまくっていた。
それで、ティミと一緒に訓練したのだ。その成果が出たのだろう。
「うむ。本気の咆哮なら耐えられる自信はないが、今日のはティミにとっては深呼吸みたいなものじゃろうし」
「まあ、そうなのだが。ヴィヴィの咆哮耐性が成長しているのは確かであるぞ」
ティミはそう言って、ヴィヴィの体に鼻をつけた。
そんなティミの鼻をヴィヴィは撫でる。
とはいってもティミは鼻だけでも、ヴィヴィよりはるかにでかい。
不思議な光景だ。
「ティミ、そろそろ人型に戻った方がいいかもしれないぞ」
「む?」
「ステラが起きたら、また気絶しかねないからな」
「それもそうであるな」
ティミはあっという間に人型に戻った。
「もっもー」
モーフィがコレットを背に乗せて駆けてきた。
コレットは水の入った革袋を持っているようだ。
「おっしゃん、小屋にも鳴き声聞こえたよー。ティミちゃん?」
「そうだ。ティミちゃんの声だぞ」
村からはそれなりに距離がある。
それでも響いたようだ。
「ステラねーちゃんは気絶しちゃったかー」
コレットはモーフィから降りると、俺に抱えられたままのステラに駆け寄る。
「普通は気絶するのじゃぞ」
「そうなのかー。ティミちゃんすごいねー」
コレットは笑顔でティミを見る。
だが、ティミは困ったような表情をしていた。
「む、村人は気絶しておらぬか?」
「大丈夫だよー」
「そ、そうか」
時刻は夕方。ほとんどの村人は家の中にいたのだろう。
冬ということもあり、窓を閉めていたのも良かったのかもしれない。
「一応、指向性も考えて村には向かわないようにはしたのだが……、以後は、より気をつけるようにしよう」
ティミは反省しているようだった。
「モーフィ。フェムは?」
『おおかみこや』
「フェムちゃんは、一応魔狼ちゃんたちを安心させてから来るって」
「そうか」
片言のモーフィの言葉をコレットが補足してくれた。
「おっしゃん。ステラねーちゃんの試合はもうおわったんでしょ?」
「そうだぞ」
「おねーちゃんが夜ご飯もできるし、そろそろ帰って来いってー」
「そうか。それはありがたい。ステラはおぶって帰ればいいかな」
「もっ!」
「モーフィ。乗せたいのか?」
「もう!」
相変わらず、モーフィは背に人を乗せるのが好きらしい。
ステラをモーフィの背に乗せようと横抱きに抱えなおす。その時、ステラの目が開いた。
「……はっ!」
「お、目覚めたか。大丈夫か?」
「は、はい、師匠、お見苦しいところを見せたのです……」
そして、はっとして顔を赤らめる。
股の辺りに手をやった。漏らしたことに気づいたのだろう。
俺は知らないふりをする。ヴィヴィで慣れているのだ。
「しばらくは安静にしておけ」
俺はそのままステラをモーフィの背に乗せた。
「はい、ステラねーちゃん」
「あ、ありがとうございます」
コレットがステラに水を飲ませていた。
「もっもー」
モーフィがご機嫌に歩き始める。
「あ、あの……」
ステラが何かを言いかけた。
「とりあえず、弟子入りとかのお話は後でな」
「……はい。ご迷惑をおかけするのです」
「おねーちゃんが夜ご飯を作って待ってるよー」
コレットがモーフィの横を歩きながらご機嫌にそういった。