ステフは先程、風呂に入ったはずだ。
ティミショアラの咆哮を食らって漏らしたので、帰宅後ヴィヴィが連れて行った。
「ステフはもうお風呂入っただろう?」
「はい!」
「なら、どうして脱衣所に?」
「弟子たるもの師匠の身の回りの世話などするのは当然なのです」
「いや、それは気にしなくていいぞ」
「ですが……」
「本当に気にしなくていい。それに混浴もあまりよくないしな」
「……了解したのです」
改名の際にも思ったことだが、ステフは弟子入りについて古い常識を持っているようだ。
今は弟子と言っても、義務は特にない。コレットのような気楽な感じで構わないのだ。
ステフの場合、元々の師は実の父親だ。
親子の場合、特に弟子入りするという意識を持つのは難しい。
だから、ステフの意識としては、初めての弟子入りに近いのだろう。
それゆえ、気合を入れすぎているのかもしれない。
そんなことを考えながら風呂場に入る。
「モーフィはもう体洗ったのか?」
「も!」
俺はモーフィの背中に鼻をつけて匂いを嗅いだ。
いつもよりいい匂いだ。ヴィヴィに洗ってもらったのだろう。
ならば、モーフィは洗わなくてもいいかもしれない。
「フェム、おいで」
「わふ」
俺がフェムを洗っている間、
「もっも!」
モーフィは洗ってほしそうに体をこすりつけていた。
「洗ってほしいのか?」
「も!」
「仕方ないな」
俺はモーフィも洗う。
ちなみにシギショアラは自分で、体を洗っていた。
シギの小さな手に比べて、石鹸は大きい。洗いにくそうだ。
それに、まだまだ下手なので、後で俺が仕上げをした方がいいだろう。
「シギは偉いなー」
「りゃっりゃー」
シギは自慢げに羽をバタバタさせる。
特に羽の裏とかは洗うのが難しいらしい。あまり洗えてないようだ。
モーフィを洗った後、シギの身体も洗ってやる。
「りゃりゃ」
シギはご機嫌に鳴く。
シギを綺麗にした後、俺は自分の体を洗う。
フェムとモーフィはもう湯船に入っている。
だが、シギは俺の頭の上に乗り、小さな手でわしゃわしゃと洗おうとしてくれる。
「シギ、ありがとうなー」
「りゃっりゃー」
背中もつたないながらもゴシゴシしようとしてくれている。
とても可愛らしい。
自分の体も洗い終え、シギと一緒に湯船に入る。
「冬は温泉に限るな」
「もう」
『全くなのだ!』
「りゃ!」
「こう寒いと、ひざも痛んだりするのだが、温泉に入るとましになるな」
『それは何よりだな』
とても心地が良く、ぼーっとする。
しばらくそうしていると、ティミショアラが入ってきた。
「シギショアラ、体を洗ってやるぞー」
「りゃ!」
シギに拒否されて、ティミは少しへこんでいる。
「もう、洗ってやったからな」
「むむう」
しぶしぶ、ティミは自分の体を洗う。ものすごく早い。
シギを洗っているときは、あえて時間をかけていたのだろう。
ティミはすぐに湯船に入ってくる。
「やっぱり冬は温泉に限るのう」
『アルと同じことを言っているのだ』
「アルラもそう思うか! 気が合うな!」
「そうかもな」
「シギショアラ。こっちにおいでー」
ティミはシギを抱き寄せて撫でたりしている。
「ティミってこれから極地に帰るんだろう? 湯冷めしないのか?」
ティミは寝るときは小屋から出ていく。
寝ぼけて巨大化したら、小屋が壊れるどころか、村が滅びかねないからだ。
夜は極地の宮殿に戻って眠っていることが多い。
「それは色々対策があるので大丈夫だ。古代竜を舐めるでない」
「それはすごい」
ティミは湯船の中で大きく伸びをした後、俺の方を見た。
「獣人の魔導士とは珍しいのではないか?」
ステフのことだ。
「確かに珍しいが、いないわけではないぞ」
『獣人の魔導士は心配になるのだ』
フェムは泳ぎながらそんなことを言う。
魔族やエルフは魔力が多く、人族は中ほど、獣人は魔力が少なめだ。
「確かに種族によって魔力量の多寡の傾向はあるが、個体差の方が大きい」
『そうなのか?』
「俺は人族だが、エルフや魔族より魔力量多いし」
『それもそうであるな』
ティミがシギを撫でながら言う。
「そもそも、我らにくらべれば、一般的な魔族と獣人の差など小さすぎて気づかぬぐらいだ」
「そりゃ古代竜にくらべれば、大概そうだろうな」
「アルラは特別だぞ」
「それは光栄な限りだな」
俺は浴槽につかりながら。新しい弟子の教育方針について考えた。
基礎から教えればよかったミレット、コレットとは違う。
ステフは基礎はもう十分押さえているのだ。
応用を教えるにしても、重力魔法などは難しすぎる。加減が難しい。
ステフがどんな魔法を使えるのかを、まず聞いたほうがいいかもしれない。
そんなことを考えていると、ティミに尋ねられた。
「アルラ。アルラの師匠がステフの祖父なのであろう?」
「そうだぞ」
「アルラの師匠も獣人だったのか?」
「いや、普通の人族だったな」
「ステフの祖父なのであろう?」
ティミは首をかしげている。
「母親が獣人なのかもしれないし、そもそも、人族の親子関係に血縁は必須ではないからな」
「そういうものなのか」
ティミは納得したようだった。