次の日の朝食後、俺はシギショアラの宮殿に向かう準備をした。
一応、フェムとモーフィにも、防寒具代わりに馬着を着せる。
クルスから貰ったものだ。
「極地の宮殿は暖房入ってるから、必要ないかもだがな」
『暑ければ脱げばよいのだ』
「もっも」
それから俺はシギにも防寒具を着せる。
「念のためだぞ」
「りゃあ」
ヴィヴィの作ってくれたコートだ。とても可愛らしい。
それから、準備を終えた弟子たちとティミショアラと一緒に宮殿へと向かう。
小屋を出たところで、厚着をしたヴィヴィと出会った。外出する気満々である。
「試合をするそうじゃな。とても興味深いのじゃ」
「ヴィヴィも来るか?」
「うむ。ぜひわらわも見せてもらうとするのじゃ」
そういってついてきた。
転移魔法陣を通過して、極地のシギショアラの宮殿に到着した。
「シギの宮殿も久しぶりだな」
「りゃあ」
シギも嬉しいのか、羽をぱたぱたさせながら周囲を飛び回る。
「暖かいな」
『暑いくらいなのだ』
「皆が来るのは知っていたからな。暖房はあらかじめつけておいたのだぞ」
ティミがどや顔で言う。
「りゃ!」
「シギも暑いか。コート脱ごうな」
「りゃあ」
シギのコートや、フェム、モーフィの馬着を脱がしてやる。
ミレットやコレット、ヴィヴィも防寒具をそれぞれ脱いでいた。
「我が主。お待ちしておりました」
転移魔法陣部屋を出ると、謎の女性が待機していた。
女性はシギに向かって深々と頭を下げた。
外見は人族の普通の若い女に見える。だが、全身から魔力があふれていた。
只者ではないのは間違いない。恐らく古代竜だろう。
「外套は私がお預かりいたしましょう」
女性はそういって、みんなの脱いだ外套を受け取っていく。
俺がコートを渡すとき、女性は笑顔で言う。
「アルフレッドラ閣下もお久しぶりでございます」
「…………」
俺には出会った記憶が全くない。とりあえず笑顔を浮かべて誤魔化す。
そうしながら一生懸命思い出そうとしていると、ティミが笑った。
「男爵。アルフレッドラ閣下にその姿を見せるのは初めてであろう?」
「失念いたしておりました。閣下には、大公殿下が践祚なされたときにお会いいたしました」
つまり、シギが大公になった日。挨拶に来た古代竜の一人なのだろう。
「我一人では、色々大変であるからな。数人に交代で宮殿に来てもらっておるのだ」
「そうだったのか」
「はい。アルフレッドラ閣下。私の名はコヴァス。今後ともよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
「りゃ!」
「もったいないお言葉!」
シギが一声鳴くと、コヴァス男爵は素早く平伏して地面に頭をつけた。
シギは、ねぎらいの言葉をかけたのかもしれない。
俺には全くわからないが、きっとそうなのだろう。
その様子をみて、ステフはポカーンとしていた。
ステフにはシギが古代竜の大公であることは言ってある。
だが、実際に宮殿や古代竜の臣下をみて、驚いたのだろう。
一方、ティミはすたすたと歩いていく。
「試合する場所はこちらに用意してある。ついて来るがよい」
宮殿自体が古代竜に合わせて、巨大に作られている。
宮殿内を移動するだけだというのに、三分ほど歩いた。
「ここである」
ティミが用意していたのは、だだっ広い部屋だった。
調度品は全くない。壁と床は不思議な材質で作られている。
「ここならば、多少暴れても問題あるまい」
そういって、ティミは笑う。
一方、ヴィヴィは壁と床を真剣な表情で調べていた。
俺も一緒になって調べる。どのくらい耐えられるか知っておきたいからだ。
「これは複雑な魔法陣じゃな」
「そうであろう。壁自体が、神代より伝わる魔道具のようなものじゃ」
「確かに。魔法で壊すのは容易ではないな」
「そうであろう」
容易には壊れまい。だが、万一がある。
「だが、壊れなくもないだろう?」
「ふふふ、さすがのアルラでも難しいと思うぞ」
「そうだろうか」
「心配せずともよい。壁自体が魔道具といったであろう? 相当に広い範囲を破壊し、がれきを粉にして海に流すなどしなければ自動で修復される」
「それはすごいな」
「であろう? まあ、そういう機能でもなければ、いくら頑丈でも神代から今まで残るまいよ」
ティミは笑顔で言った。確かにそういうものかもしれない。形あるものは壊れるのだ。
修復機能がなければ、風化してしまう。
確かに、そういうことならば多少壊れても大丈夫だ。全力を出せる。
俺たちが、会場を調べている間、ティミはシギを抱きながらニコニコしていた。
楽しみで仕方がないといった表情だ。
「誰からやろうか? まず我とアルラの手合わせからするべきか?」
「いや、そういうのは最後に取っておくべきだな」
万一、会場が壊れても困る。
いくら自動で修復されるとはいえ、それなりに時間はかかるに違いないのだから。
「まずはステフ、コレット、ミレットの順で俺と試合だ」
「師匠、了解なのです」
「おっしゃん、わかった」
「緊張しますね」
弟子たちはそれぞれそんなことを言う。
ステフの準備運動が終わると試合開始だ。
「いつでもいいぞ」
「胸を借りるのです!」
ステフは無詠唱かつ連続で火球を飛ばしてきた。
火球の軌道も不規則だ。
火球は対人戦においては最も効率がよい。軌道も読まれないほうがいい。
そう指導したのだ。俺の指導をよく守っている。
「いい感じだぞ。その調子だ」
俺は一歩も動かずに、火球を防ぎきる。
防ぐだけでは実戦の訓練としては不十分だ。
俺は適度に攻撃を挟む。もちろん、ステフがぎりぎり防げるように手加減してだ。
「くぅ!」
ステフは攻撃から防御に魔法を素早く切り替える。
そして俺の攻撃がやんだと見るや、ステフは氷の槍を飛ばしてきた。
氷の槍は弾かれた後、溶ける。地面を濡らすことができる。
そうなれば、地面を凍らせたり色々と戦略の幅が広がるのだ。
「いい連射速度だ」
俺はほめながら、氷の槍をあえて自分の近くに弾いていく。
近くに弾くのは、ステフが次の魔法につなげやすくするためだ。
弾きながら、適当にこちらも弱い魔力弾をステフに飛ばす。
攻防は一体の物。同時にできなければ話にならない。
死角になりがちな場所から攻撃したり、いろいろやった。
ステフは防御しながらも、攻撃を忘れない。
ステフは魔法を巧みに組み合わせ効果的に攻撃してくる。
そうしている間に、部屋の暖かさで氷が溶け、俺の周囲が水浸しになった。
ステフが叫ぶ。
「炎の矢!」
「おぉっ」
ステフは矢のように鋭く速い火炎を右手から放った。
同時に左手で雷撃を放つ。多重展開である。
言葉で俺の意識を炎の矢に集中させておいてからの雷撃だ。
それも、俺を直接狙ったものではない。俺の足下、ぬれた地面を狙ったものだ。
普通の魔導士ならば、対応できまい。
「見事」
俺はそういうと、雷撃が地面に届く前に、魔法障壁で防いだ。
その後もステフは色々と試行錯誤して攻撃してくれた。
俺にその全てを防ぎきられて、魔力が尽きてステフは負けを認めた。