クルスの鼻息は荒い。きょろきょろしている。
俺の近くで寝っ転がっていたモーフィも興奮したようだ。
「もっもっも!」
クルスと一緒に鼻息荒くきょろきょろし始めた。
クルスもモーフィも、ティミショアラを探しているのだろう。
「まあ、クルス。落ち着くんだ」
「はい」
「モーフィもだぞ」
「もっ」
モーフィはすかさず俺の右手を咥えた。
落ち着いてくれるなら俺の右手くらい好きに咥えればいい。
「えっと、クルス。許可がとれたっていうのは、つまりどういうことだ?」
クルスたちが魔導士ギルドに行ったのは朝だ。そして今は昼前。
いくらなんでも、ジャック・フロスト討伐の許可がとれたとは考えにくい。
どこでジャック・フロストが発生しているかは、ルカたちから聞いてある。
魔導士ギルドを頼ると決まってからは、すんなり教えてくれたのだ。
クルスが暴走する心配がなくなったからだろう。
ジャック・フロストはクルス領の隣で発生していた。
そこは侯爵家の領地である。
「魔導士ギルドの名前を使って、侯爵家と直接交渉する許可がおりたってことか?」
「違います。そうじゃないです」
「まあ、さすがにそれは難しいか」
直接交渉できるとしても、魔導士ギルドの上級職員が同席することになるのだろう。
「となると……。なんの許可がとれたんだ?」
「侯爵領に入って、ジャック・フロストを討伐する許可です」
「む? 本当に許可がとれたのか?」
「とれましたよー」
本当にこの短時間で許可がとれるものなのだろうか。
不安だ。クルスが勘違いしているのではないだろうか。
「ステフ。本当に許可がとれたのか?」
「はい。とれたのです」
また、きょろきょろし始めたクルスに言う。
「ティミの帰宅予定は昼過ぎだ」
「そうなんですね。残念です」
「ティミが帰ってくるまで、クルスとステフがどう交渉したのか、話を聞かせてくれ」
「わかりました!」
「小屋の中で話を聞こう」
俺は衛兵小屋へと移動する。
夏場と違って、冬は村の外に出る村人は、ほとんどいない。
だから、夏より衛兵業務は暇なのだ。基本、何もすることがない。
週に一、二度、村の外に出る用事がある村人に付き合うぐらいだ。
「フェムも、小屋の中に行こう」
フェムは俺のすぐ横で寝っ転がっている。静かに立ち上がって大人しくついてきた。
「もっにゅもっにゅ」
「モーフィも……。まあ、いいか」
モーフィは俺の手を咥えながら、ついてきた。
小屋に入って居間に行くと、ヴィヴィが長椅子で寝っ転がっていた。
牛の世話を終えると、ヴィヴィは小屋で休んでいることが多い。
冬だから仕方がない。
「お、クルスにステフ。早かったのじゃな」
「うん、そうなんだー」
「モーフィは……。またアルの手を咥えているのじゃな」
「もっ」
ヴィヴィは俺の手からモーフィを離して抱き寄せる。
そして、撫でまくった。
「モーフィはいつも可愛いのじゃ」
「もっも!」
モーフィも嬉しそうで何よりだ。
俺が座ると、その横にクルスが座る。
ステフはヴィヴィの隣に座った。フェムは俺の足元に寝っ転がる。
「フェム。床は冷たくないか? 長椅子の上に座ったらいいぞ」
「わふ」
フェムは俺の太ももをまたぐようにして横たわった。
俺もあったかいので、助かる。
「りゃありゃ」
シギショアラが俺の懐から出て、フェムの上に乗る。
毛に包まれるようにして丸くなった。もふもふが気持ちいいのだろう。
俺は改めてクルスに尋ねる。
「で、どういう経緯でこの短時間で許可貰えたんだ?」
「え? もらえたのかや?」
「もっ?」
ヴィヴィは驚く。なぜかモーフィも驚いていた。
クルスはフェムを撫でながら、語り始める。
「あくまでもステフちゃんが申請するっていう建前なので……」
クルスはステフの付き添いということで、魔導士ギルドへと赴いた。
クルスとステフが入った途端、魔導士ギルドは静まりかえったのだという。
「うむうむ。ちゃんと、びびっておるようじゃな」
ヴィヴィは満足げにうなずいた。
「そして、事務局次長って人が慌てた様子で駆けてきてー」
「事務局長はどうしたんだ?」
事務局長はステフに最初に倒された魔導士だ。
「なんか、静養しているって聞きましたよ」
「そうなのか」
馬鹿にしていた獣人に負けたことが、よほど悔しかったのだろう。
静養と言いつつ、修練しているに違いない。
「で、事務局次長に、侯爵領に発生しているジャック・フロストを研究したいので討伐したいって伝えたんです」
「ほうほう。予定通りだな」
そこからは仲介してくれるかどうかの交渉が必要だ。
仲介してくれることになっても、仲介料や交渉方法の相談が必要だ。
仲介したくないといえば、俺が出張るつもりだった。
会長は俺を怖がっているらしいので、効果はあるだろう。
「事務局次長は、侯爵家と相談するから、ぼくの屋敷で少し待っていてくれって」
「なるほど。侯爵家の魔導士とお話ししたりする必要があるんだろうな」
「はい。そう思って屋敷で待っていたんですが……。二時間後ぐらいに、自由に討伐して調査してくださいって」
ヴィヴィが真面目な顔で言う。
「早すぎるのじゃ。魔導士ギルドが嘘ついてるってことはないのかや?」
「ぼくもそう思ったんだけど、侯爵家の筆頭魔導士が侯爵直筆の許可証を持ってきたから」
そういって、クルスは許可証を机に広げた。
俺は許可証をしっかり確認した。
ヴィヴィやフェム、モーフィとシギも真面目な顔で調べていた。
「本物にしか見えないな」
「だから本物ですよー」
そういって、クルスは胸を張った。