ティミショアラは上空に浮かび上がると、一気に加速する。
「シギショアラ! 叔母さんは速いであろう!」
「りゃっりゃ!」
ティミはいつものように、シギに速さをアピールしている。
シギもシギで、いつものようにはしゃいでいる。
「りゃあ?」
シギが俺の懐からもぞもぞ出てきた。
いつもは俺の懐から顔だけだして、はしゃいでいるのに、どうしたのだろうか。
「む? シギ。寒くないのか?」
「りゃあ」
シギはもぞもぞと俺の体を登って肩の上に乗る。
そして、羽をバタバタしはじめた。俺の顔に羽が当たる。
「りゃっりゃ! りゃっりゃ!」
それを見てルカが笑顔になる。
「風を全身で感じたいのかしら?」
「そうかもしれないな」
「古代竜は親の背に乗って、風の感覚を覚えるのである」
「そうなのか」
「シギショアラの成長はとても早いのだな……」
「りゃっりゃ!」
ティミはしみじみと言った。
「そうだなぁ……」
「りゃあありゃああ!」
俺もしみじみとした気分になりかけた。
だが、シギは元気に鳴いているし、ティミもものすごい速さで飛んでいる。
しみじみとしている暇はなさそうだ。
「あっ! アルさん、見えましたよ!」
クルスが前方を指さした。
「あからさまだな」
「ですねー」
今日の天候は晴れだ。
クルス領からずっと晴天が続いている。
だが、前方の一か所だけには、濃い灰色の雪雲が集まっていた。
地面近くから上空まで、灰色だった。
「まるで、雲が生きものみたいなのだわ」
「いい得て妙なのじゃ。イナゴが大発生したとき、あんな風景になるのじゃぞ」
「……イナゴか」
俺はイナゴが雲のように発生した状況を想像した。
大量に発生したイナゴは農作物を食い荒らすので農村の敵である。
「悪夢だな」
「うむ。蓄えがなければ……。全滅しかねないのじゃ」
「怖いねー。蓄えかー」
クルスは真面目な顔で考えている。
「農村には蓄える余力がない場合もあるのじゃ。やはり領主の役割は大きいのじゃ」
「そうだね。考えてみないとね」
クルスは領主の表情になっている。
そこにティミの声が飛んできた。
「イナゴ対策を考えるのは後にするがよい。雲に突っ込むのである。準備はよいか?」
「了解」
俺は全員に対吹雪用の魔法をかける。全身を薄い空気の膜で覆うのだ。
「準備完了だ」
「うむ」
俺の言葉にうなずくと、ティミはまっすぐに雪雲の中に突っ込んでいく。
雲の中は猛吹雪だった。
「ものすごく寒いのじゃ!」
「ジャック・フロストの活きがいいんだよー」
「活きがいいって……。魚じゃないんだから」
クルスが変なことを言って、ルカが呆れていた。
クルスとルカは、俺と一緒にジャック・フロストを討伐している。
だから、平然としていた。
ヴィヴィは緊張気味だ。
フェムとモーフィは俺の横で鼻息を荒くしていた。
「腕がなるのだわ」
ユリーナは、やる気満々のようだ。
地上を眺めていたルカが言う。
「かなりの密度ね」
「うちに大発生した時より数が少ない分、狭い範囲に密集させたのかも」
「そうね」
「ルカ。どうしよっか?」
「とりあえず、倒していきましょう」
「敵の情報を探らなくてもよいのであるか?」
「ティミちゃんは上空から何か変化がないか観察してほしいの」
「了解したのである」
俺の横にいるフェムがちらちらとこちらを見ていた。
「フェム。乗せてくれ」
『任せるのだ』
俺がフェムに乗るころには、ヴィヴィはモーフィに乗っていた。
ティミがゆっくりと下降する。
精霊魔法が激しく襲ってくる。ティミにとっては大したことはない威力だろう。
だが、俺は魔法障壁を展開して、ティミを守る。
「アルラ。ありがとう」
「気にするな。俺たちが降りたら、一気に上昇してくれ」
「わかっておる」
ティミが地上付近まで降りてくれたので、全員で飛び降りる。
俺たちが降りると同時に、ティミは上空へと戻っていった。
途端に、俺たちが苛烈な精霊魔法の攻撃にさらされた。
俺は魔法障壁で全員を守る。
着地すると同時にクルスが走った。
その背に向けて、ルカが叫ぶ。
「クルス! 一応怪しい物がないか調べながら戦ってね!」
「わかったー」
クルスの返事は、間延びしたのんびりしたものだ。
だが、体の方は、目にもとまらぬ速さで移動する。
クルスの眼前には三体のジャック・フロストがいる。
クルス目掛けて、一斉に精霊魔法が飛んだ。高速で威力の高い魔法である。
だが、クルスの速さに比べれば、止まっているようなもの。
クルスが通り過ぎた後に、精霊魔法が着弾していく。
「俺を背負ってないと、クルスは本当に速いな」
前回の戦闘時、クルスは俺を背負って戦っていた。
それでも充分に速かった。
クルスはジャック・フロストとの間合いを詰めきって止まる。
「うーん。特にこれと言って、変わったところは……」
クルスは首をかしげる。
そこに精霊魔法が襲い掛かった。
着弾の直前、クルスはジャック・フロストの背後へと回り込む。
「あっ。なんかあった」
そういうと、クルスは何かを掴んでジャック・フロストからむしり取る。
「Kisiiii!」
途端に変な声を出して、ジャック・フロストは消え去った。