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292 対ジャック・フロスト

 ティミショアラは上空に浮かび上がると、一気に加速する。


「シギショアラ! 叔母さんは速いであろう!」

「りゃっりゃ!」


 ティミはいつものように、シギに速さをアピールしている。

 シギもシギで、いつものようにはしゃいでいる。


「りゃあ?」


 シギが俺の懐からもぞもぞ出てきた。

 いつもは俺の懐から顔だけだして、はしゃいでいるのに、どうしたのだろうか。


「む? シギ。寒くないのか?」

「りゃあ」


 シギはもぞもぞと俺の体を登って肩の上に乗る。

 そして、羽をバタバタしはじめた。俺の顔に羽が当たる。


「りゃっりゃ! りゃっりゃ!」


 それを見てルカが笑顔になる。


「風を全身で感じたいのかしら?」

「そうかもしれないな」

「古代竜は親の背に乗って、風の感覚を覚えるのである」

「そうなのか」

「シギショアラの成長はとても早いのだな……」

「りゃっりゃ!」


 ティミはしみじみと言った。


「そうだなぁ……」

「りゃあありゃああ!」


 俺もしみじみとした気分になりかけた。

 だが、シギは元気に鳴いているし、ティミもものすごい速さで飛んでいる。

 しみじみとしている暇はなさそうだ。


「あっ! アルさん、見えましたよ!」

 クルスが前方を指さした。


「あからさまだな」

「ですねー」


 今日の天候は晴れだ。

 クルス領からずっと晴天が続いている。

 だが、前方の一か所だけには、濃い灰色の雪雲が集まっていた。

 地面近くから上空まで、灰色だった。


「まるで、雲が生きものみたいなのだわ」

「いい得て妙なのじゃ。イナゴが大発生したとき、あんな風景になるのじゃぞ」

「……イナゴか」


 俺はイナゴが雲のように発生した状況を想像した。

 大量に発生したイナゴは農作物を食い荒らすので農村の敵である。


「悪夢だな」

「うむ。蓄えがなければ……。全滅しかねないのじゃ」

「怖いねー。蓄えかー」


 クルスは真面目な顔で考えている。


「農村には蓄える余力がない場合もあるのじゃ。やはり領主の役割は大きいのじゃ」

「そうだね。考えてみないとね」


 クルスは領主の表情になっている。

 そこにティミの声が飛んできた。


「イナゴ対策を考えるのは後にするがよい。雲に突っ込むのである。準備はよいか?」

「了解」


 俺は全員に対吹雪用の魔法をかける。全身を薄い空気の膜で覆うのだ。


「準備完了だ」

「うむ」


 俺の言葉にうなずくと、ティミはまっすぐに雪雲の中に突っ込んでいく。

 雲の中は猛吹雪だった。


「ものすごく寒いのじゃ!」

「ジャック・フロストの活きがいいんだよー」

「活きがいいって……。魚じゃないんだから」


 クルスが変なことを言って、ルカが呆れていた。

 クルスとルカは、俺と一緒にジャック・フロストを討伐している。

 だから、平然としていた。


 ヴィヴィは緊張気味だ。

 フェムとモーフィは俺の横で鼻息を荒くしていた。


「腕がなるのだわ」

 ユリーナは、やる気満々のようだ。


 地上を眺めていたルカが言う。


「かなりの密度ね」

「うちに大発生した時より数が少ない分、狭い範囲に密集させたのかも」

「そうね」

「ルカ。どうしよっか?」

「とりあえず、倒していきましょう」

「敵の情報を探らなくてもよいのであるか?」

「ティミちゃんは上空から何か変化がないか観察してほしいの」

「了解したのである」


 俺の横にいるフェムがちらちらとこちらを見ていた。

「フェム。乗せてくれ」

『任せるのだ』


 俺がフェムに乗るころには、ヴィヴィはモーフィに乗っていた。

 ティミがゆっくりと下降する。

 精霊魔法が激しく襲ってくる。ティミにとっては大したことはない威力だろう。

 だが、俺は魔法障壁を展開して、ティミを守る。


「アルラ。ありがとう」

「気にするな。俺たちが降りたら、一気に上昇してくれ」

「わかっておる」


 ティミが地上付近まで降りてくれたので、全員で飛び降りる。

 俺たちが降りると同時に、ティミは上空へと戻っていった。


 途端に、俺たちが苛烈な精霊魔法の攻撃にさらされた。

 俺は魔法障壁で全員を守る。


 着地すると同時にクルスが走った。

 その背に向けて、ルカが叫ぶ。


「クルス! 一応怪しい物がないか調べながら戦ってね!」

「わかったー」


 クルスの返事は、間延びしたのんびりしたものだ。

 だが、体の方は、目にもとまらぬ速さで移動する。


 クルスの眼前には三体のジャック・フロストがいる。

 クルス目掛けて、一斉に精霊魔法が飛んだ。高速で威力の高い魔法である。

 だが、クルスの速さに比べれば、止まっているようなもの。

 クルスが通り過ぎた後に、精霊魔法が着弾していく。


「俺を背負ってないと、クルスは本当に速いな」


 前回の戦闘時、クルスは俺を背負って戦っていた。

 それでも充分に速かった。


 クルスはジャック・フロストとの間合いを詰めきって止まる。


「うーん。特にこれと言って、変わったところは……」

 クルスは首をかしげる。

 そこに精霊魔法が襲い掛かった。


 着弾の直前、クルスはジャック・フロストの背後へと回り込む。


「あっ。なんかあった」


 そういうと、クルスは何かを掴んでジャック・フロストからむしり取る。


「Kisiiii!」

 途端に変な声を出して、ジャック・フロストは消え去った。 


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