ヴィヴィが旧魔王領行きを宣言すると、同時にモーフィも立ち上がる。
「もぅ!」
「モーフィも行くかい?」
『いく』
「フェムも行くだろう?」
『当たり前なのだ』
「ほかに来てくれる人はいるか?」
今のメンバーは俺、ティミショアラ、フェムとモーフィ、それにヴィヴィだ。
それに当然、シギショアラも加わる。
「クルスは政治的な理由で行けないとして、ルカとユリーナも忙しいよな?」
「行けなくはないけど……。念のためにネグリ一家を警戒したほうがいいかも知れないわね」
「ルカの言う通りなのだわ。リンミア商会を標的にするってことはないと願いたいけど……」
「確かに、数日は警戒したほうがいいかもな」
「警戒ぐらいぼくがしとくよー?」
クルスは笑顔だ。
クルスだけに任せるのは少し不安ではあるが、大丈夫だろうか。
俺の心配をよそに、ルカが言う。
「クルスに任せたら安心ね!」
「クルスは頼りになるのだわ!」
「えへへ」
ネグリ一家はさんざん脅した。もう何もしてこない可能性の方が高い。
クルスに任せておいてもいいかもしれない。
「ならば、クルスにこれを託そう」
俺は魔法の鞄から、狼の被り物を取り出した。
「え? いいんですか?」
「元々クルスにもらったものだけどな。貸し出そう」
「ありがとうございます!」
ネグリ一家は狼に怯えているはずだ。
クルスには効果的に使って欲しい。
「りゃっりゃ!」
「えへへー。いいでしょー」
クルスは早速かぶっている。
そんなクルスの肩にシギが楽しそうに乗っていた。
「アルさんの匂いがします!」
「……臭くてすまない」
「臭くないですよー」
クルスはそんなことを言ってくれる。
気を使ってくれているのだろう。優しい娘だ。
「あ、それならフェムちゃんにも手伝ってほしいかも」
「わふ?」
「ネグリ一家を見張るのに、フェムちゃんがいたら心強いなーって」
「わふぅ」
フェムは考えている。
「フェムはこちらに残った方が、安心かもしれないな」
『わかったのだ』
「やったー。フェムちゃんよろしくね!」
クルスは嬉しそうにフェムを抱きしめた。
「あの! 師匠!」
「ステフ、どうした?」
立ち上がったのは、俺の弟子である獣人魔導士のステフだ。
ステフは俺に弟子入りする前から、冒険者をしていた。
師である俺の目から見ても、なかなかの腕前だと思う。
「私も連れて行って欲しいのです!」
「いいぞ。ステフは結構強いからな」
「ありがとうございます!」
それを聞いていたコレットが歩いてきて、俺の袖をつかむ。
「おっしゃん、コレットもいきたい」
「ダメです。コレットはお留守番です」
保護者のミレットがコレットの同行を禁止した。
コレットもミレットも優秀な魔導士になりつつある。
だが、ミレットは別に冒険者志望ではない。そしてコレットはまだ幼女だ。
ネグリ一家の幹部に会いに行くのに、同行させるのは気が引ける。
「コレットはお留守番していてくれな」
「むー」
「お土産を楽しみにしておいてくれ」
「わかった!」
そして、俺はレアを見る。
「レアはどうする?」
「私も同行させてもらって、よろしいのでしょうか?」
レアは敵に催眠をかけられて、精霊召喚をしていた娘だ。
父は魔族、母は獣人という変わった魔導士である。
育ての親であった兄が、精霊召喚騒動に関わっている疑惑が高まっている。
「構わないぞ。クルス。いいだろうか?」
「いいですよー」
レアは今は罪を償っている最中だ。
領主たるクルスが下した判決は労働刑。当初は死神教団の村で労働していた。
だが、今はヴァリミエの要請を受けて、リンドバルの森で魔動機械づくりを教えている。
生徒はヴァリミエの他に、ヴィヴィと俺の弟子たちだ。
「ヴァリミエも構わないだろうか。今は魔動機械の勉強中だろう?」
「概ね教えてもらったのじゃ!」
「はい。ヴァリミエさんには、もう教えることはないかも……。私より優秀な魔動機械技士かもしれません」
「照れるのじゃ」
ヴァリミエも森の隠者と言われる大魔導士だ。
教えを理解するのも早いのだろう。
詳しく聞くと、どうやら、そろそろ死神教団での労働に戻る予定だったらしい。
そういうことならば、チェルノボクにも聞いたほうがいいだろう。
「チェルノボクも、構わないだろうか」
「ぴぎっ」
一声鳴いて、チェルノボクは俺のひざの上に来る。
そして、ふるふるしながら言った。
『だいじょーぶ!』
「ありがとう」
チェルノボクは死神教団の教主なのだ。
死神の使徒でもあるスライムだ。
ヴァリミエが言う。
「わらわも、行ってみたいところではあるのじゃが……」
「なにか問題があるのか?」
「いや、なに……大したことではないのじゃが」
「ふむ?」
「そろそろ、ライの子供が生まれるのじゃ」
ライはヴァリミエの相方である巨大な獅子だ。ちなみにオスだ。
「すごい!」
「りゃっりゃ!」
クルスが身を乗り出した。その肩に乗っているシギも羽をバタバタさせる。
「まあ、産むのはライではなくて、ライの嫁さんなのじゃがな」
「それはめでたいな。というか、ライに嫁さんがいたのか……」
ヴァリミエはうなずく。
「わらわも知らなかったのじゃが……かなりまえから逢瀬を重ねていたようじゃ」
「ライは大きいから嫁さんも大きいんだろう?」
相手を見つけるのも大変かもしれない。
「ライほど大きくはないのじゃが、まあ大きいのじゃ」
ライは嫁が臨月になってはじめて、連れてきたのだという。
「少し複雑な気分じゃ」
ヴァリミエはそんなことを言う。
信用されていないと感じたのかもしれない。
「臨月になってから連れてきたんだろう? それこそ信頼して頼りにしている証拠だろう」
「……そうじゃろうか?」
「そうだろう」
「そうじゃな!」
ヴァリミエは嬉しそうに微笑んだ。
「リイも可愛いんだよー」
「お腹もだいぶ大きくなってきてますし、ライもリイのところに一生懸命ご飯を運んでました」
どうやら、ライのお嫁さんはリイというらしい。
「ライもリイも初産ゆえな。万一に備えて、わらわはリンドバルの森になるべくおるつもりなのじゃ」
「そうしたほうがいいな」
ヴァリミエは旧魔王領の街にはいかないことに決まった。